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デルノア通り

YomiuriShimbun_03022014

読売新聞2014年3月2日

ビクター・デルノア中佐(Lt. Colonel Victor E. Delnore)は、占領軍が駐留するようになって一年後の1946年9月、占領軍長崎軍政部司令官に就任しました。任期終了の1949年まで、デルノア中佐は長崎県の復興に努力を惜しまず、地元の人々からは厚い信頼が寄せられました。デルノア中佐が長崎県を離れる際には、その業績を称え、司令官官舎前の通りを「デルノア通り」と名づける計画もあったようです。プランゲ文庫が所蔵する当時の新聞にも、この計画に関する記事がありました。(当文庫所蔵の新聞に関してはこちらのページをご覧ください。)

  • “長崎市にデルノア通り,” 長崎日日, (長崎日日新聞社, 3/23/1949)  [Call Number: NN0096]
  • “デルノア通り”命名,” 長崎日日, (長崎日日新聞社, 3/26/1949)  [Call Number: NN0096])

しかし、その後都市開発が進むにつれ、この計画はいつしか忘れ去れ実現されませんでした。

さて、昨年2013年秋、長崎市の代表団が当文庫を訪問しました。(詳しくはこのブログ記事をご覧ください。)報道関係者も同行され、当文庫が2012年に寄贈を受けた、長崎市の貴重な歴史資料である「デルノア・ペーパー」の存在を伝えられました。この報告を受け、また来年2015年には被爆70年となることもあり、長崎市は正式に「デルノア通り」の命名を実現させることを決定しました。当時の標識の復刻版が、今年の8月9日の祈念式典に合わせて通りに掲げられ、デルノア中佐の娘であるパトリシア・マギーさんが除幕式に招待されるとのことです。

詳しくは、上の新聞記事の画像をクリックしてください。当時の標識の前に立つデルノア夫妻の写真は、「デルノア・ペーパー」のものです。

 

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