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「マッカーサー」検閲

Censored Newspaper Articlesは、どのような記事が民間検閲局(CCD)の検閲官の目に留まり検閲処分に至ったのかを知る上で、非常に貴重な資料です。これらを通して見ていると、ダグラス・マッカーサー元帥を取り上げた記事が頻繁にHOLD処分を受けているのに気がつきます。 その中には日本の占領政策に対するマッカーサー元帥の考えに関するものもあります。例えば「講和の希望に燃える日本に適切な占領政策 マッカーサー元帥一九四八年の晴姿」と題された1947年12月22日の共同寫眞通信の記事は、「マッカーサー元帥が日本の民主化は満足すべき状態で進んでいる」と感じていると述べた部分がDelete(削除)処分を受けています。(Call No. 47-loc-1899) また1947年10月15日のAssociated Press World Service/日本経済新聞の記事は、米国が極東委員会(Far Eastern Committee)に打診した内容に関するもので、それらが「マッカーサー元帥の方針」とあり、マッカーサー元帥と書かれた箇所だけがDelete処分となっています。(Call No. 47-frn-1612) しかしCensored Newspaper Articlesの中にはマッカーサー元帥の名前は取り上げられているものの、記事の内容としては検閲処分を受ける理由がわかりかねるものもありました。例えば1947年10月9日のNippon Times及び読売新聞の記事は「マッカーサー元帥の従妹が結婚」との内容ですが、Suppress(発禁)処分を受けています。(Call No. 47-frn-1260, 47-frn-1261) また共同通信とAssociated Press(AP)が提出した、かつてマッカーサー元帥が住んだマニラホテルの5階がナイトクラブとして改装、という記事も同じくSuppress(発禁)処分を受けました。(Call No. 47-frn-1710) 他にもマッカーサー夫人が極東国際軍事裁判を傍聴している様子を写した写真が検閲処分を受けた例もありました。また読売新聞が中学生を対象にとったアンケートでも、マッカーサー元帥について触れた箇所が削除処分を受けていた例も以前に紹介しました。