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メリーランド大学図書館のニュースレターで、デルノア・ペーパーが特集されました

メリーランド大学図書館が発行するニュースレター「Illumination」(Winter 2016) で、プランゲ文庫が所蔵するビクター・デルノア・ペーパーが特集されました (pp. 6-7)。右下のFull Screenをクリックしてご覧ください。  

ビクター・デルノア・ペーパー、オンライン公開

ビクター・デルノア・ペーパー(Victor Delnore Papers)の大部分の資料を、当メリーランド大学図書館のデジタルコレクションにて公開しました。 デルノア・ペーパーには、写真アルバムやスクラップブック、その他の文書が含まれています。スクラップブックには、デルノア中佐が1948年に第1回長崎平和祈念式典で行った演説原稿も残されています。 デルノア・ペーパーについてご質問があれば、prangebunko[at]umd.eduまでご連絡ください。

デルノア通り

ビクター・デルノア中佐(Lt. Colonel Victor E. Delnore)は、占領軍が駐留するようになって一年後の1946年9月、占領軍長崎軍政部司令官に就任しました。任期終了の1949年まで、デルノア中佐は長崎県の復興に努力を惜しまず、地元の人々からは厚い信頼が寄せられました。デルノア中佐が長崎県を離れる際には、その業績を称え、司令官官舎前の通りを「デルノア通り」と名づける計画もあったようです。プランゲ文庫が所蔵する当時の新聞にも、この計画に関する記事がありました。(当文庫所蔵の新聞に関してはこちらのページをご覧ください。) “長崎市にデルノア通り,” 長崎日日, (長崎日日新聞社, 3/23/1949)  [Call Number: NN0096] “デルノア通り”命名,” 長崎日日, (長崎日日新聞社, 3/26/1949)  [Call Number: NN0096]) しかし、その後都市開発が進むにつれ、この計画はいつしか忘れ去れ実現されませんでした。 さて、昨年2013年秋、長崎市の代表団が当文庫を訪問しました。(詳しくはこのブログ記事をご覧ください。)報道関係者も同行され、当文庫が2012年に寄贈を受けた、長崎市の貴重な歴史資料である「デルノア・ペーパー」の存在を伝えられました。この報告を受け、また来年2015年には被爆70年となることもあり、長崎市は正式に「デルノア通り」の命名を実現させることを決定しました。当時の標識の復刻版が、今年の8月9日の祈念式典に合わせて通りに掲げられ、デルノア中佐の娘であるパトリシア・マギーさんが除幕式に招待されるとのことです。 詳しくは、上の新聞記事の画像をクリックしてください。当時の標識の前に立つデルノア夫妻の写真は、「デルノア・ペーパー」のものです。  

長崎からの訪問者

2013年10月初旬、米国政府機関の一部が閉鎖する事態がありましたが、それは思わぬ恩恵をプランゲ文庫にもたらしました。米公文書館で調査研究を予定されていた日本からの研究者が、多数急遽当文庫を訪問されたからです。 その中の一つに、長崎原爆被爆者の深堀好敏氏(84)を含む長崎からの訪問者グループがあります。 1978年夏、深堀氏は五名の被爆者と共に長崎原爆関連の写真を収集する個人団体を設立しました。1983年、この団体は長崎平和推進協会(ピース・ウィング長崎)の委員会として正式に認可され、米国戦略爆破調査団、一般市民、日本陸軍、ジャーナリストなどが撮影した写真をこれまでに約四千枚収集してきました。 ところで、当文庫は2012年、ビクター・デルノア・ペーパーの寄贈を受けたところですが、その中にある写真アルバムには、長崎に原爆が投下された直後の写真も含まれています。深堀氏と奥野正太郎氏(長崎原爆資料館)は、デルノア・ペーパーから、深堀氏が今までにみたことのない写真、手書き地図、また新聞記事の切り抜きなどの、新たな資料の発見をすることができました。 デルノア・ペーパーに加え、当文庫には長崎関連の資料が多数保存されています。「雅子斃れず」(石田雅子著)や「長崎の鐘」(永井隆著)もその一部です。 深堀氏は、長崎市及び長崎原爆資料館の方々と共に訪問されました。また読売新聞の記者が、このグループの訪米に同行取材していました。下記のリンクをクリックしてください。 読売新聞関連記事10/18/2013 毎日新聞関連記事 article 10/18/2013

ヘレン・ケラー女史の日本訪問

1948年の8月、ヘレン・ケラー女史の2度目の日本訪問はAmerican Foundation for the Overseas Blind (AFOB)の代表として、障がい者の権利擁護を訴えることでした。ケラー女史は広島、長崎を訪れ、長崎ではビクター・デルノア長崎軍政部司令官の歓迎を受けました。プランゲ文庫が所蔵するビクター・デルノア・ペーパーの写真アルバムの中には、デルノア中佐とケラー女史が写っている写真もあります。デルノア・ペーパーの詳細はこちらをご覧ください。 当文庫にはケラー女史に関する本が点字本も含めて所蔵されております。

ビクター・デルノア・ペーパー

ビクター・デルノア中佐(Lt. Colonel Victor E. Delnore)は、1946年から1949年まで占領軍長崎軍政部司令官として、長崎県の復興、秩序安定に力を注ぎました。 2012年5月、デルノア中佐の娘であるパトリシア・マギーさんにより、デルノア氏の遺した資料が当文庫に寄付され、ビクター・デルノア・ペーパー(Victor Delnore Papers)と命名されました。 デルノア・ペーパーには、写真アルバムやスクラップブックといったものから、政策に関する資料や指令文書、書簡類なども含まれています。写真アルバムには、長崎に原子爆弾が落とされた10分後に数箇所で撮られた写真が保存されています。 またデルノア中佐が1948年に第1回長崎平和祈念式典で行なった演説原稿も残されています。(下の写真をクリックで拡大) なお2011年8月には「二度と原爆を使ってはいけない – ナガサキを見た占領軍司令官」というNHKドキュメンタリー番組が放送されました。 デルノア・ペーパーは当文庫内にて閲覧が可能です。prangebunko[at]umd.eduまでご連絡ください。