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長崎における展示会のお知らせ

今月から来月にかけ、長崎県立長崎図書館にて原爆文学関連の展示会が開催されています。 「石田壽と長崎」(2階ロビー展)は、石田壽さんの活動を紹介しています。石田壽さんは戦後、娘の石田雅子さんの著作「雅子斃れず」の出版に奔走しました。 プランゲ文庫は「雅子斃れず」のゲラ、仮刷、異なる出版社から出された2冊、そして民間検閲局(CCD)が残した文書などを所蔵しています。そして、今回当文庫所蔵物のコピーが、「石田壽と長崎」において展示されています。 また「原爆文学展」(4階郷土資料展示室)では、長崎の原爆文学作品の展示・紹介を行っており、こちらでも「雅子斃れず」関連資料を展示しているそうです。 7月26日には図書館講座が横手一彦教授(長崎総合科学大学)により「六九年目の『長崎・そのときの被爆少女』- 『雅子斃れず』新資料などを紹介しながら」と題して開催されます。横手教授は「雅子斃れず」に関する研究を長年続けられ、2010年に「長崎・そのときの被爆少女 : 六五年目の『雅子斃れず』」(時事通信社: 2010)を出版されました。この図書館講座では、「雅子斃れず」に関する新資料も紹介される予定です。   Advertisements

長崎からの訪問者

2013年10月初旬、米国政府機関の一部が閉鎖する事態がありましたが、それは思わぬ恩恵をプランゲ文庫にもたらしました。米公文書館で調査研究を予定されていた日本からの研究者が、多数急遽当文庫を訪問されたからです。 その中の一つに、長崎原爆被爆者の深堀好敏氏(84)を含む長崎からの訪問者グループがあります。 1978年夏、深堀氏は五名の被爆者と共に長崎原爆関連の写真を収集する個人団体を設立しました。1983年、この団体は長崎平和推進協会(ピース・ウィング長崎)の委員会として正式に認可され、米国戦略爆破調査団、一般市民、日本陸軍、ジャーナリストなどが撮影した写真をこれまでに約四千枚収集してきました。 ところで、当文庫は2012年、ビクター・デルノア・ペーパーの寄贈を受けたところですが、その中にある写真アルバムには、長崎に原爆が投下された直後の写真も含まれています。深堀氏と奥野正太郎氏(長崎原爆資料館)は、デルノア・ペーパーから、深堀氏が今までにみたことのない写真、手書き地図、また新聞記事の切り抜きなどの、新たな資料の発見をすることができました。 デルノア・ペーパーに加え、当文庫には長崎関連の資料が多数保存されています。「雅子斃れず」(石田雅子著)や「長崎の鐘」(永井隆著)もその一部です。 深堀氏は、長崎市及び長崎原爆資料館の方々と共に訪問されました。また読売新聞の記者が、このグループの訪米に同行取材していました。下記のリンクをクリックしてください。 読売新聞関連記事10/18/2013 毎日新聞関連記事 article 10/18/2013

ビクター・デルノア・ペーパー

ビクター・デルノア中佐(Lt. Colonel Victor E. Delnore)は、1946年から1949年まで占領軍長崎軍政部司令官として、長崎県の復興、秩序安定に力を注ぎました。 2012年5月、デルノア中佐の娘であるパトリシア・マギーさんにより、デルノア氏の遺した資料が当文庫に寄付され、ビクター・デルノア・ペーパー(Victor Delnore Papers)と命名されました。 デルノア・ペーパーには、写真アルバムやスクラップブックといったものから、政策に関する資料や指令文書、書簡類なども含まれています。写真アルバムには、長崎に原子爆弾が落とされた10分後に数箇所で撮られた写真が保存されています。 またデルノア中佐が1948年に第1回長崎平和祈念式典で行なった演説原稿も残されています。(下の写真をクリックで拡大) なお2011年8月には「二度と原爆を使ってはいけない – ナガサキを見た占領軍司令官」というNHKドキュメンタリー番組が放送されました。 デルノア・ペーパーは当文庫内にて閲覧が可能です。prangebunko[at]umd.eduまでご連絡ください。

石臼の歌

作家壷井栄の「石臼の歌」は原爆を題材とした作品として知られています。1947年この作品を「童話集十五夜の月」(プランゲ文庫請求番号502-087)に収録して出版することになりました。検閲を受けた際、提出したゲラに「delete」と書かれた部分があり、占領下での原爆についての表現がどのようなものであったかを知る資料の一つと考えられます。削除された箇所を詳しく見るには、下記の画像をクリックしてください。またこれは、小学校国語の教科書にも教材として採用されたことのある小説です。