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メリーランド大学のクラス訪問 (HIST 483) [Spring 2017]

2017年2月28日、メリーランド大学のC.R. リリー教授(歴史学部)が受け持つ「Modern Japan」クラス (HIST483)の学生たちが授業の一環としてプランゲ文庫を訪問しました。このクラスは明治維新から現代までの日本史を学ぶクラスです。 まずプランゲ文庫室長が、検閲の基礎骨組みとなったプレスコードを詳しくたどりながら民間検閲局(CCD)による検閲のプロセスを説明し、どのような出版指標が日本の出版社に与えられたのかを説明しました。そしてCCDが「タブー」として特に注目していた話題の例を挙げ、具体的な資料を見せました。ここで取り上げた「タブー」の話題とは、「検閲の事実を知らせるもの」、「原子爆弾」そして「軍事的宣伝」の3点です。 次に当文庫マネージャーが、日本国憲法についてのプレゼンテーションを行いました。プランゲ文庫は、SCAPの民生局次長として日本国憲法制定に大きく関わったチャールズ・ケーディスの個人所蔵文書(Charles L. Kades Papers)を所蔵しています。また同じく憲法構築に大きく関わったベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon)のインタビューも、マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズの一部として所蔵しています。

日本国憲法シリーズ①: ジャスティン・ウィリアムス・ペーパーからみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として、今後数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第一回目のテーマは「ジャスティン・ウィリアムス・ペーパーからみる日本国憲法」です。 ジャスティン・ウィリアムス・シニア(Justin Williams Sr.)は、1946年から1952年までSCAP民政局課長を務めました。ウィリアムスの主要な仕事は、新憲法下で国会が国権の最高機関として機能するように、その制度と運営を確立すること、日本の政治と選挙の実態をマッカーサー元帥に報告すること、及び国会がSCAPの方針に合致する政策を制定しているかどうかを確認することなどでした。コートニー・ホイットニー民政局局長(Major General Courtney Whitney)とチャールズ・ケーディス民政局次長(Colonel Charles L. Kades)が、ウィリアムスの直属上司でした。 ジャスティン・ウィリアムス・ペーパー(Justin Williams Sr. Papers)には、日本国憲法に関する資料が含まれています。下記の画像は、1946年3月6日の午後2時半にウィリアムスがひとつの封筒を受け取ったところからの出来事を詳細に書き記した文書です。厳重に封をされたこの封筒はマッカーサー元帥宛となっており、ウィリアムスは民生局が提案した憲法草案を内閣が受け入れる旨を記した文書が入っている、と予想します。ここでウィリアムは新憲法に対する自分の意見を率直に書き残しています。下記の画像はクリックで拡大します。 “When the document went back to the Cabinet 5 March, much as it was originally drawn up by the Gov’t Sect, there was no choice on the part of the Cabinet but to accept it, tho’ with great reluctance.  No matter […]

メリーランド大学図書館のニュースレターで、デルノア・ペーパーが特集されました

メリーランド大学図書館が発行するニュースレター「Illumination」(Winter 2016) で、プランゲ文庫が所蔵するビクター・デルノア・ペーパーが特集されました (pp. 6-7)。右下のFull Screenをクリックしてご覧ください。  

オーラル・ヒストリー特集: フォービアン・バワーズ氏(Faubion Bowers)

新シリーズとして、マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で、29件のインタビューについては筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源は、プランゲ文庫館内にてご利用頂けます。 今回はFabion Bowers(フォービアン・バワーズ)氏(1917年1月29日 – 1999年11月20日)を取り上げます。バワーズ氏は占領期、マッカーサー元帥の通訳兼軍事秘書として日本に滞在しました。後に歌舞伎担当検閲官となり、歌舞伎の上演を許可した事で知られています。 マーリン・メイヨー教授は1982年7月22日、ワシントンD.C.のケネディセンターの一室でバワーズ氏のインタビューを行いました。このインタビューの中でバワーズ氏は、自身の生い立ち、歌舞伎への興味および歌舞伎担当検閲官としての仕事、日本語教育、オーストラリアやニューギニア、フィリピンでの滞在、厚木飛行場へ降り立った際の事、マッカーサー元帥を迎える準備を米国大使館で行ったこと、そしてマッカーサー元帥と天皇の会談などについて述べています。またバワーズ氏は、Kai Rasmussen氏、 Sidney Mashbir氏、 John Dickey氏、 John Aiso氏、 John Anderton氏、 John Shelton氏、 Charles Tench氏、 George Atcheson, Jr.氏、 Earl Ernst氏、そしてマッカーサー元帥について、ざっくばらんな語り口で彼らに対する印象を述べています。 マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのページで、このインタビューの筆記録をダウンロードできます。また1960年には、ビアテ・ゴードン氏がコロンビア大学にてバワーズ氏のインタビューを行っています。

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのインターン生より(2016年)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズ・インターンシップは、当メリーランド大学歴史学部の援助を受けて2014年に開設されました。2016年春学期は2人の学生、Michele Glazer とAmina Mangueraがインターン生に選ばれました。インターンシップの一環として、インターン生は学期最後にリサーチペーパーを書くことが課せられます。以下は、2人からのインターンシップの感想と、各自のリサーチペーパーのテーマです。マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズの詳細は、こちらのブログポストをご覧ください。 Michele Glazer Arriving at the Gordon W. Prange Collection, I am sad to say I knew little about the Allied Occupation of Japan. However, once I began reading the transcripts and listening to the audio of the Mayo Oral Histories, I started to become intrigued by the personal experience of those […]

メリーランド大学のクラス訪問 (HIST 483) ][Spring 2016]

2016年4月19日、メリーランド大学のC.R. リリー教授(歴史学部)が受け持つ、”Modern Japan”クラス (HIST483)の学生たちが授業の一環としてプランゲ文庫を訪問しました。このクラスは明治維新から現代までの日本史を学ぶクラスです。訪問にあたり学生たちは、”Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War II” (by John Dower, 1999)をあらかじめ課題図書として読むように指導されました。 まずプランゲ文庫室長が、検閲の基礎骨組みとなったプレスコードを詳しくたどりながら民間検閲局(CCD)による検閲のプロセスを説明し、どのような出版指標が日本の出版社に与えられたのかを説明しました。そしてCCDが「タブー」として特に注目していた話題の例を挙げ、具体的な資料を見せました。ここで取り上げた「タブー」の話題とは、「検閲の事実を知らせるもの」、「原子爆弾」そして「軍事的宣伝」の3点です。 次に当文庫マネージャーが、日本国憲法についてのプレゼンテーションを行いました。プランゲ文庫は、SCAPの民生局次長として日本国憲法制定に大きく関わったチャールズ・ケーディス(Charles Kades)の個人所蔵文書を、Charles L. Kades Papersとして保存しています。また同じく憲法構築に大きく関わったベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon)のインタビューも、マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズの一部として所蔵しています。

プランゲ文庫の資料から見る「ジープ」

プランゲ文庫の所蔵資料には、様々な形で「ジープ」が描かれているのが見て取れます。新聞記事や報道写真だけではなく、児童書や文学作品にも「ジープ」のイメージが繰り返し出てきます。ある人はジープは占領軍の力の象徴ととらえ、またある人は日本の敗北を繰り返し思い出させるものと考えるかもしれません。どちらにせよ、占領期を語る上で「ジープ」の存在はなくてはならないものと言えるのではないでしょうか。 下記は「ジープ」が描かれた資料の一例です。 Censored Newspaper articlesに見る「ジープ」 Censored Newspaper Articlesには、いくつか「ジープ」という単語が検閲処分を受けたものが確認されています。特に占領軍兵士が犯罪にかかわった可能性のある報道は厳しく民間検閲局(CCD)のチェックが入りました。 例としては、”Yoshida’s Car Attacked”(10/31/1947付)と題された毎日新聞の記事があります。この記事では吉田茂の車がジープから投げられた石、もしくは発砲によって襲われたとありますが、「ジープ」という単語を「自動車(Automobile)」と変更するようにCCDが処分を下しています。(Prange Call No. 47-frn-2375) 画像はクリックで拡大します。 また1948年5月30日には、ジープ車内で死体が発見された事件を、朝日新聞、共同通信、毎日新聞、読売新聞の各社が一斉に報道しましたが、どの記事も程度の差こそあれ検閲処分を受けたようです。例えば毎日新聞は記事名の「ジープの中に怪死体」を「自動車の中に怪死体」と変更するように注意を受けました。 (Prange Call No. 48-loc-1898). これらCensored Newspaper Articlesの日本語ゲラは、当文庫館内及び国立国会図書館館内で閲覧可能です。 児童書に見る「ジープ」 「ジープ」のイメージは、ぬり絵や工作ブックなどの児童書でも多く取り上げられました。下記は一例です。 僕はジープだ (Prange Call No. 520-216) ジープト電車 (Prange Call No. 516-169) ハロージープ (Prange Call No. 516-165) 工作エホン 1 (Prange Call No. 462-029) こちらの記事で、ジープを一つの題材とした工作本の画像を掲載しています。 雑誌に見る「ジープ」 「やさしい工作:ジープの作り方」 (Magazine Title: 少年世界.  Prange Call No. S2199) 1949-04-01 (Vol. 2, No. 3) […]