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谷本清氏からの寄稿

ジョン・ハーシーの著書「ヒロシマ」にて一躍有名になったキリスト教牧師、谷本清(1909 – 1986)が読売新聞に寄せた記事がCensored Newspaper Articlesにありました。 「悲劇を再現するな」と題され民間検閲局(CCD)に提出された記事(Prange Call No. 48-frn-2563)は、1948年6月18日にSuppress(発禁)処分を受けました。「No more Hiroshimas!  これは八月六日即ち原子爆弾羅災を記念して世界の平和を祈る運動の合言葉である…」という書き出しで始まるこの記事で谷本は、広島の宗教家たちは「八月六日は宗教的に厳粛に記念されねばならぬ、その最もよき方法は廣島で世界宗教平和会議を開催することだ」との結論に落ち着き、同会議の誘致運動に乗り出した、と報告しています。 下記のCCD文書は、画像をクリックすると拡大し、個々の画像右下のview full sizeという文字をクリックすると更に拡大します。日本語棒ゲラのデジタル画像は当文庫館内にて閲覧いただけます。

アルバート・W・ヒルバーグABCC写真報告集

アルバート・W・ヒルバーグ(Albert W. Hilberg)氏は原爆傷害調査委員会(Atomic Bomb Casualty Commission[ABCC])のメンバーでした。当文庫が寄贈を受けた”アルバート・W・ヒルバーグABCC写真報告集”は、原爆投下前後の広島の写真48枚と、ABCCの報告書41点で成り立ちます。 これらの写真は当大学図書館のデジタルコレクションにて公開しています。また、国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration [NARA])やアメリカ国立医学図書館(United States National Library of Medicine)にも同様の写真が保管されている可能性もあります。報告書は当文庫館内にて閲覧頂けます。

1948年1月17日

現在デジタル化を進めているCensored Newspaper Articles紹介の一環として、1948年の今日、1月17日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1948年1月17日読売新聞は、原爆傷害調査委員会(ABCC)実験室の移転を報道しようとしました。しかしこの記事は民間検閲局(CCD)によって「Suppress」(発禁)処分を受けたと考えられます。提出された日本語記事ゲラやCCDが残した文書には、発禁処分の理由は記されていません。日本語記事ゲラには「…現在研究室が狭溢なので近く委員会は市内の浅野図書館に移轉、内容を完備、原子研究の殿堂として新発足することになった」とあります。 下記の画像はCCD文書です。(クリックで拡大。個々の画像右下のview full sizeをクリックで更に拡大)日本語記事ゲラの画像は当文庫館内限定での公開となります。