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プランゲ文庫の資料から見る「古橋廣之進 – フジヤマのトビウオ」

古橋廣之進(ふるはし ひろのしん, 1928 – 2009)は、1949年8月にロスアンゼルスで行なわれた全米選手権に参加し、自由形で世界新記録を樹立、「フジヤマのトビウオ(The Flying Fish of Fujiyama)」と呼ばれ脚光を浴びました。当時の新聞はもちろん、雑誌や児童書など様々なメディア媒体が古橋選手の活躍を克明に記録しました。これらの資料からは、古橋選手を心から応援する当時の国民の声が聞こえてくるようです。下記は関連資料の一例です。 報道写真 ロスアンゼルスに出発前の古橋選手らの様子を写した写真が、サン報道写真群の中にありました。 児童書 水の王者 古橋選手の活躍  富田邦彦著 (妙義出版社発行, 1949) (Call No. 491-029) 水の王者 古橋広之進 浅田斐彦著 (イースタンライト社発行, 1949) (Call No. 541-055) 雑誌 「世界記録をはぐくんだ母:水の王者・古橋広之進にきく「わが母の記」」- 婦人の国 , vol. 1, no. 8, Oct/Nov 1947, pp. 17-19.  婦人の国社発行 (Call No. F-75) 「古橋廣之進さんにきく:水泳のおはなし」- 子供の時間, vol. 2, no. 7, July 1948, pp. 14-15. (Call No. K-1339) […]

1948年8月6日

1948年の今日8月6日の中国新聞一面記事「世界に響け平和の鐘: NO MORE HIROSHIMAS」は、次の一文から始まります。 「廣島の空を覆つた原子雲が去り晴れるとき、廣島市民は悲しみと苦惱のドン底から平和への途が開かれることを願いもとめた、あれから満三年、きょう八月六日は世界の人たちが記念する平和デーとなつて暦のうえをかざる日となった」 記事はこの日広島県各地で慰霊祭が予定されている一方で平和祭典も催されることに触れ、これこそ「きょう平和祭のもつ深味」であり「廣島市民の心の幅の廣さでもある」と評価しています。 翌日8月7日の同紙は前日の平和式典の様子がわかる写真を、「平和きっと廣島から」の題字と共に一面に掲載しました。また、英連邦軍総司令官ロバートソン中将が式典で読み上げた、マッカーサー元帥からの伝言も掲載されています。 抜粋「マッカーサー元帥は廣島の市民諸君に心からなる御あいさつを送り、かつ諸君が復興を着々遂行されつつあることに對し祝意を表されました」   また8月6日の紙面にはこんな記事もありました。「あの日生れたただひとり : 街の人氣者ピカ子ちゃん」は、1945年8月6日、原子爆弾が落ちた後の広島市内で生まれた子どものうち、唯一元気に育っているという富田博子ちゃんの紹介です。ニックネームは「ピカ子ちゃん」で街の人気者。最近では在日英連邦軍の日刊新聞BCON紙(British Commonwealth Occupation News)の記者もインタビューにきたそうです。 全ての画像はクリックで拡大します。

企画展「福岡の広報紙展~伝えたい!知ってほしい!行政の取組み~」福岡共同公文書館

7月19日より企画展「福岡の広報紙展~伝えたい!知ってほしい!行政の取組み~」が福岡共同公文書館にて開催されます。ウェブサイトによると、地域性豊かな広報紙を展示し創刊号や全国広報コンクールの受賞広報紙などを紹介する、とのことです。編集作業の流れなどに関するパネルも展示されます。この企画展でプランゲ文庫が所蔵する資料がパネルで使われています。 開催期間は2017年7月19日~9月24日。詳しくはこちらのページをご覧ください。 *この記事は福岡共同公文書館の許可を得て掲載しています。

日本国憲法シリーズ⑥: 1948年・1949年の新聞社説からみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第六回目のテーマは「1948年・1949年の新聞社説からみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 今日は、1948年と1949年の5月3日に中国新聞と時事新報の二紙が日本国憲法について論述した社説を紹介します。 「新憲法實施一周年」と題された、中国新聞(Call No.NC0408)の1948年5月3日の社説は、新憲法実施一周年を軽々しく祝うだけではいけない、と警告します。特に「…わが国は未だ占領軍の管理下におかれ独立の民主國家として國際社会の一員となることを許されていない」ことなどをあげ、新憲法実施一周年は「当面せる國内の根本問題解決に対し異常な決意と勇氣を要請するもの」だと書いています。それでも最後には憲法は国民にとって「民主政治の方向」について学ぶ機会を与えたと評価しています。 同紙は1949年5月3日の社説でも同様の姿勢で、国民が憲法を正しく理解し運用することでこそ法の価値が生きてくる、と述べています。憲法の「精神が國民の日常生活の中に溶融することを希望する」ことが今必要とされていると読者に訴えています。 一方、時事新報(Call No. NH0088)が1948年5月3日に掲載した社説は憲法に対して好意的な見方を示しています。「新憲法一年の成績」と題された社説は下記のようにまとめており、今後の憲法に対して高い期待を寄せていることが見て取れます。社説最後部分を抜粋します。 今日は僅々一年の訓練を経たばかりである。この一年の訓練中には、大小幾多の失敗を演じたに相違ないと同時に、また幾多貴重なる反省自戒の機会をも與えられた。新憲法の下に、民主的な、平和的な、文化國民としての訓練の第二年目を、希望と自信を以て迎えているのである。 翌年1949年5月3日の社説「新憲法実施二年の成績」も、「僅々二年の短日月で、人間の魂を入れ換えしめるような奇術の成功は、世界の歴史に前例のないこと」という意見で、新憲法の浸透には時間がかかるとの見通しを述べてます。

日本国憲法シリーズ③: Censored Newspaper Articlesからみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第三回目のテーマは「Censored Newspaper Articlesからみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 Censored Newspaper Articlesから、日本国憲法施行1年をむかえた1948年5月にあわせて書かれた記事を紹介します。読売新聞は1948年4月26日、「新憲法一年:世態さまざま」と題した記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 48-loc-0894)  この記事は新憲法施行によって再確認された事柄を取り上げ、それらがもたらした影響について論述しています。例えば男女の平等権が確認されたことを受け離婚の民事訴訟が殺到したと述べています。記事の最後には、新警察制度の欠陥により賭博が街に蔓延っており、凶悪事犯はますます増加して検挙率は落ちていると批判しており、この部分が削除(Delete)処分を受けました。下記はCCDが記事を英訳した文書です。 他にも憲法に関する記事がCensored Newspaper Articlesには含まれています。こちらに掲載しているリスト及び国立国会図書館のデジタルコレクションから検索が可能です。

出版物紹介: 占領下の新聞 別府から見た戦後ニッポン[弦書房発行、2015年8月]

占領下の新聞 別府から見た戦後ニッポン [弦書房発行、2015年8月] 本書は、1946年3月から1949年10月までに大分県別府市で発行された52紙の新聞の中から、日々の様々な営みを伝えた記事を丁寧に拾い集め編集した書籍です。全国紙では決して知ることのできない街角の小さな物語を伝える紙面が、『1.引揚・住宅難・闇市』『2.複雑怪奇、泉都はいつも起きている』『3.民主日本への歩み』『4.商都として』そして『5.占領期のブログ』という5つのテーマにそって紹介されており、同時に各紙の概要、発行社名、発行期間、定価などの書誌的データが記載されています。この書籍で紹介された新聞は、すべてプランゲ文庫に所蔵されており、当文庫、国立国会図書館本館、およびプランゲ文庫マイクロフィルムを所蔵する日米の大学、研究機関で閲覧が可能です。 この記事は著者および出版社の許可を得て掲載しています。

1947年9月25日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、9月25日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 枢密員議長であった清水澄(1868-1947)は、1947年9月25日、熱海にて入水自殺を遂げました。この事件は日本各地のメディアで報道されましたがそれらに先立ち、民間検閲局(CCD)が各紙の記事を念入りにチェックした事実が、プランゲ文庫に残されたCensored Newspaper Articlesから見て取れます。特に遺書の詳細を記載した記事は厳しい処分を受けました。 朝日新聞(47-loc-1017)は遺書全文を掲載しようとし、一部削除処分を受けました。清水氏の遺書には、かつて中国「楚」国にて、忠誠を誓った皇帝が崩御した後に入水自殺をした屈原という人物に習って自分も入水自殺をすることにした、と記されていました。この一文「小生の水死したるは楚の名臣屈原にならいたるなり」が削除処分を受けています。 毎日新聞(47-loc-1707a, 1707b, 1707c)、中部日本新聞(47-loc-1017d)、共同通信(47-loc-1707g)も、この一文が削除処分となっています。時事新報(47-loc-1017e)と読売新聞(47-loc-1017h)は、屈原のエピソードを掲載しなかったため、Pass処分を受けたようです。また、共同写真通信(47-loc-1017f)は清水と遺書の写真を掲載しようとし、Delete処分を受けました。 下記は民間検閲局(CCD)が残した文書(47-loc-1707a: 毎日新聞)です。クリックで拡大し、更に個々の画像右下のview full sizeという文字をクリックすると更に拡大します。フルサイズの写真、及び日本語ゲラ・原稿の画像は当文庫館内限定での公開となります。