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出版物紹介: 占領下の新聞 別府から見た戦後ニッポン[弦書房発行、2015年8月]

占領下の新聞 別府から見た戦後ニッポン [弦書房発行、2015年8月] 本書は、1946年3月から1949年10月までに大分県別府市で発行された52紙の新聞の中から、日々の様々な営みを伝えた記事を丁寧に拾い集め編集した書籍です。全国紙では決して知ることのできない街角の小さな物語を伝える紙面が、『1.引揚・住宅難・闇市』『2.複雑怪奇、泉都はいつも起きている』『3.民主日本への歩み』『4.商都として』そして『5.占領期のブログ』という5つのテーマにそって紹介されており、同時に各紙の概要、発行社名、発行期間、定価などの書誌的データが記載されています。この書籍で紹介された新聞は、すべてプランゲ文庫に所蔵されており、当文庫、国立国会図書館本館、およびプランゲ文庫マイクロフィルムを所蔵する日米の大学、研究機関で閲覧が可能です。 この記事は著者および出版社の許可を得て掲載しています。

1947年9月25日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、9月25日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 枢密員議長であった清水澄(1868-1947)は、1947年9月25日、熱海にて入水自殺を遂げました。この事件は日本各地のメディアで報道されましたがそれらに先立ち、民間検閲局(CCD)が各紙の記事を念入りにチェックした事実が、プランゲ文庫に残されたCensored Newspaper Articlesから見て取れます。特に遺書の詳細を記載した記事は厳しい処分を受けました。 朝日新聞(47-loc-1017)は遺書全文を掲載しようとし、一部削除処分を受けました。清水氏の遺書には、かつて中国「楚」国にて、忠誠を誓った皇帝が崩御した後に入水自殺をした屈原という人物に習って自分も入水自殺をすることにした、と記されていました。この一文「小生の水死したるは楚の名臣屈原にならいたるなり」が削除処分を受けています。 毎日新聞(47-loc-1707a, 1707b, 1707c)、中部日本新聞(47-loc-1017d)、共同通信(47-loc-1707g)も、この一文が削除処分となっています。時事新報(47-loc-1017e)と読売新聞(47-loc-1017h)は、屈原のエピソードを掲載しなかったため、Pass処分を受けたようです。また、共同写真通信(47-loc-1017f)は清水と遺書の写真を掲載しようとし、Delete処分を受けました。 下記は民間検閲局(CCD)が残した文書(47-loc-1707a: 毎日新聞)です。クリックで拡大し、更に個々の画像右下のview full sizeという文字をクリックすると更に拡大します。フルサイズの写真、及び日本語ゲラ・原稿の画像は当文庫館内限定での公開となります。

マイクロ資料がホーンベイク図書館に移動しました

2015年8月8日より、プランゲ文庫所蔵新聞・雑誌マイクロ資料は、ホーンベイク図書館北館1階のメリーランドルーム(Maryland Room)にてご利用いただけるようになりました。マイクロ資料利用にはオンライン上での資料請求が必要となります。 マイクロ資料請求の方法は、下記のPDF文書をご参照下さい。 新聞マイクロ資料請求方法 雑誌マイクロ資料請求方法 マイクロ資料請求に関しご質問があればprangebunko[at]umd.eduまでお問い合わせ下さい。

20世紀メディア情報データベース

20世紀メディア情報データベースは、プランゲ文庫所蔵の全雑誌と日本新聞協会(当時)加盟紙の新聞記事の検索に欠かせないツールです。このデータベースでは雑誌・新聞記事の見出しや広告など、詳細情報からも検索が可能です。現在3,226,180レコードが集録されています。 山本武利教授の監修で作成されたこのデータベースは、現在はNPO法人インテリジェンス研究所によって管理されており、2013年6月1日より年間契約による有料データベースとなりました。データベースの登録及び利用法に関しては、こちらのウェブサイトをご覧ください。