Tag Archive | 日本国憲法シリーズ

日本国憲法:第六回 – 参考資料

[本記事は、三浦徳祥(みうら なりただ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。日本国憲法に関するプランゲ文庫の資料をブログ記事全六回に亘って紹介します。第一回、第二回、第三回、第四回、第五回もご覧ください。今回が最終回です。]  私の「日本国憲法シリーズ」最終回は、今ブログ記事を書くにあたって参考にした様々な資料を皆様に紹介したいと思います。このブログではお馴染みの『図解憲法』や「Charles L. Kades Paper」のみならず、ブログでは紹介しきれなかった資料を是非、日本国憲法に興味を持たれた方々に読んでいただきたいです。 伊藤博文(1901)『帝国憲法皇室典範義解』国家学会. 言わずも知れた初代内閣総理大臣・伊藤博文公爵。幕末から高杉晋作氏の下で活躍した偉人で、明治初頭には井上毅子爵らと共に10年以上もの年月を掛けて「大日本帝国憲法」を書き上げました。こちらの書籍を片手に現憲法と比べながら読む事をお勧めします。     岡正芳(1946)『憲法について』日本共産党出版部. 岡正芳氏は日本共産党元幹部で、この書籍では日本共産党の主張を余す所なく書いています。プランゲ文庫では検閲に引掛り、出版される事の無かったゲラが読めます。(Prange Call Number JQ-0149)       河村又介(1946)『新憲法概説』西日本新聞社. 法学者・河村又介氏が日本国憲法を解説している一冊です。彼はアメリカ軍による占領政策に徹底的に反対していましたが、GHQの検閲を受け、進駐軍に批判的な文章は全て削除されました。プランゲ文庫ではそれらの検閲を受けたゲラが読めます。(Call Number JQ-9035g)       倉山満(2015)『帝国憲法物語』PHP研究所. 憲政史学者・倉山満氏が日本における憲法の歴史と意義について書いている一冊です。この書籍では幕末から戦後までの日本国の憲法が如何に変化しっていったか知れる本です。         憲法普及会兵庫県支部(編)(1947)『日本国憲法』憲法普及会兵庫県支部 GHQは新たな憲法が施行された1947年から、より多くの国民に憲法を知ってもらう為に日本各地でこの様な本を無料で配布しました。各条文の説明はないものの、GHQがどれだけ本気で新憲法を普及したかったが窺えます。(Prange Call Number JQ-0051)     佐藤功(1947)『憲法改正の経過』日本評論社. 法学者・佐藤功氏は日本国憲法改正に関与した人物。この書籍は昭和21年始めから昭和21年終りに日本国憲法が発布されるまでの流れが簡単に分かる一冊。(Prange Call Number JQ-0165)         「写楽」編集部編(2013)『日本国憲法』p. 124, 小学館. 小学館が出している子供用の「日本国憲法」。各ページには条文と、下部に脚注が書いてあり、終わりの数頁には帝国憲法と英訳された「日本国憲法」が書いてあります。         竹田恒泰(2016)『日本人の原点がわかる「国体」の授業』PHP研究所.明治 […]

日本国憲法:第五回 – 第七条

[本記事は、三浦徳祥(みうら なりただ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。日本国憲法に関するプランゲ文庫の資料をブログ記事全六回に亘って紹介します。第一回、第二回、第三回、第四回もご覧ください。]  今回のブログでは日本国憲法に書かれている驚きの条文を一つ紹介します。憲政史家・倉山満氏は憲法第七条四項には誤植があると書いています(1)。問題の憲法第七条にはこう書かれています: 注意していただきたいのは、第七条第四項の条文「国会議員の総選挙の施行を公示すること」(2)と記載されています。しかし、日本の国会議員はアメリカの上下両議員同様、衆参両議院では違う任期で選挙が行われています。内閣総理大臣の衆議院解散権も用いて総選挙が可能ですが、参議員は選挙において必ず半数が議席を保持する(憲法第四十六条)と憲法で明記してありますので、参議院議員の「総選挙」を行えば、憲法違反になります。よって、参議院の総選挙が現憲法下で行われる事は絶対にありえません。私は何故この様な誤植が存在するのか未だに解明出来ていませんが、GHQ側の資料を読んでいると興味深い事実が分かりました。 昭和21年(1946年)3月4日に松本烝治国務大臣がGHQへ提出した新憲法草案には「衆議院議員ノ総選挙ヲ行フベキ旨ノ命令」(3)と書かれていますが、不思議な事に、翌月17日に提出された草案には「国会議員の総選挙の施行を公示すること」(4)と書き換えられています。これに対してGHQはどの様に反応したかと言うと、私が調べた内では何の反応もありませんでした。更に憲法学者の佐藤功氏や美濃部達吉氏に至ってもこの件について触れていません。この条文がとても不自然であると同時に、GHQは何故この間違いを見逃したのか?謎が謎を呼ぶ、不可思議な条文です。 参考資料: 倉山満(2015)『帝国憲法物語』pp. 251-252, PHP研究所. 「写楽」編集部編(2013)『日本国憲法』pp. 124-125, 小学館. Charles L. Kades Papers [Online]. Draft Constitution of Japan (First Government Draft), [2]4 March, 1946 [Japanese] (p. 60). Retrieved from https://archive.org/details/mdu-prange-30402/page/n59 Charles L. Kades Papers [Online]. “Final” Draft of Japanese Constitution (Third Government Draft) submitted to Privy Council and published on 17 April, 1946 […]

日本国憲法:第四回 – 第九条

[本記事は、三浦徳祥(みうら なりただ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。日本国憲法に関するプランゲ文庫の資料をブログ記事全六回に亘って紹介します。第一回、第二回、第三回もご覧ください。]  第九条 今回は国内外で最も話題なテーマ、憲法九条について書こうと思います。なお、このブログ記事はプランゲ文庫の資料に基づいて憲法9条について論ずることを目的としており、様々な主張に対して擁護もしくは批判をするものではありません。 戦後間もなく、連合国は平和な国「日本」の再構築を最重要視していました。平和を実現する上で以下の挿絵が示す様に、生まれ変わった「日本」は軍隊を完全に放棄する事が定められました。 しかし、今でも議論されている「自衛権」の問題については、当時の吉田内閣は一貫して「戦争放棄に関する本条の規定は直接には自衛権を否定はして居りません」(1)との政府見解を崩しませんでした。美濃部達吉氏も「何れの国の憲法でも、侵略の戦争は之を行はない旨を規定して居るものは有つても、防衛的の戦争の権利をまでも抛棄【放棄】する旨を規定して居る例は全く見ない」(2)と書いています。同じく法学者・河村又介氏も同様の点について「併し、外国からの不法に攻め込まれた時は防がねばならぬ。自衛権を発動して防がねばならぬ。之は国際連合に於いても認めて居るところであります。」(3)と記しています。指摘されたこれらの点については、GHQも昭和22年(1947年)初めの時点では認めて居た節があり「日本は再軍備出来るが、再軍備された日本軍は必要最小限で国内の治安と平和を維持する為のもの」と書いています(4)。しかし、GHQは続く文に「特に昔の様な軍隊を国【日本】は陸軍や海軍を持とうと考えてはならない。」(5)とも釘を刺しています。つまり、GHQは憲法九条を書き足す事で平和な国「日本」を実現したいと願いつつも、現実問題として日本の再軍備化には、限定的ではあったものの、ある程度は容認していたようです。 参考資料: 佐藤功(1947)『憲法改正の經過』p. 168, 日本評論社. (Prange Call Number JQ-0165) 美濃部達吉(1947)『新憲法逐条解説』p. 34, 日本評論社. (Prange Call Number JQ-0131) 河村又介(1946)『新憲法概説』p. 13, 西日本新聞社. (Prange Call Number JQ-9035g) Charles L. Kades Papers [Online]. Gist of Matsumoto Revision submitted 7 February 1946: General Explanation of the Constitutional Revision Drafted by the Government: Proposed Revision of the Army […]

日本国憲法:第三回 – 第一条

[本記事は、三浦徳祥(みうら なりただ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。日本国憲法に関するプランゲ文庫の資料をブログ記事全六回に亘って紹介します。第一回、第二回もご覧ください。]  第一条 もうすぐ今上陛下が御譲位あそばせられ、元号が平成から令和に変わります。新しい時代の幕開けに皆さまも喜んでおられると思いますが、そもそも「天皇」の役割は日本国憲法の第一条にどのように書かれているのでしょうか。 昭和21年(1946年)の国会では新憲法下での天皇の役割について、非常に白熱した議論が連日展開されていました。詳しく知りたい方は佐藤功の著作『憲法改正の経過』(Call Number JQ-0165)を参考にしてください。憲法改正にあたり、GHQは当初「憲法改正は我々の仕事ではない」(1)と考えていました。しかし、日本政府は新憲法下でも天皇の統治権を現状維持、又は少し減らす方向で考えていた為、GHQは日本政府の対応に危機感を抱き、昭和21年2月10日に「天皇は国家ではなく国の象徴とし、…神格化される事はあってはならない」(2)と決めました。その3日後、吉田外相(後の総理大臣)と松本国務大臣をGHQ本部へ呼び出し、憲法改正案の責任者だったホイットニー将軍はGHQの改正草案を日本政府に一方的に通達しました(3)。吉田外相と松本国務大臣はこの改正案に憤慨し、GHQ側から正式な説明文が無い事には納得できないと食い下がりましたが、ホイットニー将軍は「そこ【GHQの改正案】に書いてある通り」(4)とあしらいました。 GHQの意見が絶対的であった当時、日本国政府は改正案を受け入れつつも、多くの日本人は「天皇の御一身が形態的に国家を代表し、国民は法律上恰も国家に対する如くに御一身に対し尊崇敬愛の義務を負ふことを意味するのと解すべきであると信ずる」(5)との条文解釈で何とか合意しました。要するに、例え天皇の役割が新憲法下で変わるとしても、日本国民が天皇を尊敬する姿勢には変わりがないと考えていました。唯一、日本共産党は一貫して「天皇制」を打倒を訴え続けていました(6)。 参考資料: Charles L. Kades Papers [Online]. Check sheet dated 18 Jan 46 attaching minutes of conference with FEC held 17 Jan 46: Extract From Minutes of Conference With Far Eastern Commission on 17 January 1946 (p. 416). Retrieved from https://archive.org/details/mdu-prange-30402/page/n415 Charles L. Kades Papers[Online]. Check sheet dated 10 […]

日本国憲法:第二回 – 前文

[本記事は、三浦徳祥(みうら なりただ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。日本国憲法に関するプランゲ文庫の資料をブログ記事全六回に亘って紹介します。第一回もご覧ください。]  前文 今回はシリーズ第一作目、日本国憲法の「前文」について書こうと思います。「前文」は次のように書かれています(1): 私がプランゲ所蔵の資料を調べた中では、「前文」が初めて登場するのはCharles L. Kades Paper(全文はInternet Archiveにてアクセス可)に含まれている、昭和21年(1946年)3月6日の「Draft Constitution of Japan (Second Government Draft)」です(2)。ご覧の通り初めは漢字が多く、更には文語体で書かれており、現在の口語体で書かれている「前文」と比べ、非常に読み難いものでした。 なぜ、GHQは平仮名を用いた口語体に改めさせたのか?この疑問に対して、私は一つの仮説を立てました。アメリカ英語では口語と文語が分かれておらず、日本の文語体はとても堅苦しく、読み難いものと映ったかもしれません。なお、GHQは平和な国「日本」を構築する上で、誰が読んでも理解できる新憲法が必要と思っていました。そのため、口語体を用いた「前文」の書き直しを命令したのではないかと考えられます。 口語体への書き直しが決まり、英語の「前文」を日本語への翻訳作業は困難を極めました。国会議員の中には日本社会党の鈴木義男の様に、日本語訳された「前文」が余りにも悲惨で、昭和21年(1946年)6月26日の国会では「極端に申せば、泣くが如く、訴ふるが如く、嫋々【なよなよ】として尽きざること縷の如しと云ひたい」(3)と苦言を呈していました。試行錯誤の末、同年11月3日に憲法草案が可決されるまでの過程で、口語体・平仮名を使用した現在の「前文」へと変化していきました。その結果、GHQは目的を達成し、憲法学者・美濃部達吉氏が言う様に「其の【文語体から口語体への変更】及ぼせる影響は甚大と謂ふべきである」(4)。 参考資料: 憲法普及会兵庫県支部(編)(1947)『日本国憲法』pp. 3-5, 憲法普及会兵庫県支部. (Prange Call Number: JQ-0051) Charles L. Kades Paper [Online]. Draft Constitution of Japan (Second Government Draft), 6 March, 1946 [Japanese] (pp. 103-104). Retrieved from https://archive.org/details/mdu-prange-30402/page/n102 佐藤功(1947)『憲法改正の經過』p. 155, 日本評論社. (Prange Call Number JQ-0165) 美濃部達吉(1947)『新憲法逐条解説』p. 5, 日本評論社. […]

日本国憲法:第一回 – はじめに

[本記事は、三浦徳祥(みうら なりただ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。日本国憲法に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全六回に亘って紹介します。]  日本国憲法 昭和21年1月1日に昭和天皇は「新日本建設ニ関スル詔書」を発せられ、日本国再興の旨を国民にお示しになられました。日本ではこの詔書を「人間宣言」と呼んではいるものの、内容としては天皇が神なる存在の否定よりも、始めに引用されている五箇条の御誓文の様に、日本国は一致団結し、この国難を臣民ともに乗り越えようという強い意志が示されています。 日本国憲法は昭和21年(1946年)11月3日に公布され、翌昭和22年(1947年)5月3日に施行されました。その間、GHQが日本国憲法草案にどれほど関与していたかに関しては未だに議論されています。残念ながら日本の学生がこのテーマについて研究をしようとした場合、言語の問題や資料へのアクセスの難しさから、その研究を断念せざるを得ない場合もあるかもしれません。 私はメリーランド大学で人文学部社会学科国際政治を専攻し、東洋史学プログラムにも参加しているので、日本国憲法には前々から興味を持っていました。そして今回、ゴードン・W・プランゲ文庫には多数の日本国憲法に関する資料が保管されていると知り、これは絶好の機会と思い、詳しく研究してみることにしました。今回の研究を通じ、この憲法の特殊性や、当時の政治家が直面した問題を初めて知ることができました。 こちらのブログでは、以下の通りに連載していきます: 前文 第一条 第九条 第七条 参考資料

各特集の紹介

このブログではいくつかのシリーズを随時展開しています。 日本国憲法シリーズ  – 昨年2017年は日本国憲法施行70年ということで数週間に亘って日本国憲法の関連資料を紹介しました。 オーラル・ヒストリーズ特集 – メイヨー・オーラル・ヒストリーズの各インタビューを特集しています。現在29のインタビュー筆記録がオンライン上にてダウンロード可能です。 雑誌特集シリーズ – 国立国会図書館にてデジタル画像(マイクロフィルムをデジタル化したもの)を全文閲覧して頂ける雑誌を紹介しています。 教育図書特集シリーズ – 現在デジタル化作業中の教育図書の中から興味深い資料を取り上げて紹介しています。 保存作業 – 資料デジタル化にあたり、様々な保存・修復作業が必要となります。これらを主にスライドショー形式で紹介しています。 労働関係資料特集シリーズ – 労働関係資料を使った展示「For Liberty, Justice, and Equality: Unions Making History in America」が2017~2018年に開催されたのを受け、プランゲ文庫が所蔵する労働関係資料をブログで紹介しました。 今後も新しいシリーズを提案していきます。

日本国憲法に関する展示

今年2017年で施行70年を迎えた日本国憲法を記念し、プランゲ文庫は現在ホーンベイク図書館北館1階の閲覧室(Maryland Room)にてミニ展示「The Japanese Constitution Turns 70! 」を開催中です。展示期間は2017年10月1日から10月31日です。以前こちらのブログで、当文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介シリーズも行ないましたのであわせてご覧下さい。 展示資料の一例はこちらです。 Tentative Revision of the Meiji Constitution by Joji Matsumoto (January 4, 1946) Draft Constitution of Japan (First Government Draft) (March 4, 1946) Brines, Russell. (1947, May 22). Spirit of New Constitution Nullified. The Pacific Stars and Stripes. Rikuzo Kamiyama. (1948). Shakai to seikatsu. Tokyo: Gakudo Ryogi Sosho Kankokai. […]

1947年5月3日 憲法記念日 – 日本国憲法施行から70年をむかえて

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布され、翌年1947年(昭和22年)の今日、5月3日に施行されました。プランゲ文庫ブログでは「日本国憲法シリーズ」として、当文庫が所蔵する憲法関連資料を紹介を行なってきました。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。シリーズ最終回の今回は、日本国憲法制定に深く関わったチャールズ・ケーディスとベアテ・シロタ・ゴードンを紹介します。 チャールズ・L. ケーディス・ペーパー SCAPの民政局次長であったチャールズ・L・ケーディス(Charles L. Kades)は、1947年の日本国憲法制定にあたり憲法案を作成するなど、指導的な役割を担いました。 チャールズ・L・ケーディス・ペーパー(Charles L. Kades Papers)は二部に分かれています。第一部は松本烝治の明治憲法仮修正案(1946年1月4日)に始まり、アメリカ国務省発行日本国憲法最終草案(1947年5月3日施行)にいたるまでの各種修正草案(英語・日本語版)を含んでいます。下記は松本烝治の明治憲法仮修正案の最初の3ページ(英語・日本語版)です。 第二部は、メモ、委員会議事録、手紙、チェックシート、日本国憲法に関する宮内庁の見解などが含まれています。下記は一例です。 チャールズ・ケーディスとベアテ・シロタ・ゴードン マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズ にはチャールズ・ケーディスとベアテ・シロタ・ゴードンのインタビューが含まれます。ケーディスのインタビューは1979年10月11~12日に録音され、計8時間13分に亘るインタビューです。ベアテ・シロタ・ゴードンは第14条(法の下の平等)と第24条(男女平等)の執筆に関わりました。ゴードンのインタビューは1978年12月8日に録音され、こちらは2時間16分です。どちらのインタビューも彼らが日本国憲法の制定に従事した経験と、新しい日本国憲法が日本の民主化にもたらした影響について述べています。 インタビューの音声カセットテープはすべてデジタル化されており、プランゲ文庫館内にてご利用いただけます。

日本国憲法シリーズ⑥: 1948年・1949年の新聞社説からみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第六回目のテーマは「1948年・1949年の新聞社説からみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 今日は、1948年と1949年の5月3日に中国新聞と時事新報の二紙が日本国憲法について論述した社説を紹介します。 「新憲法實施一周年」と題された、中国新聞(Call No.NC0408)の1948年5月3日の社説は、新憲法実施一周年を軽々しく祝うだけではいけない、と警告します。特に「…わが国は未だ占領軍の管理下におかれ独立の民主國家として國際社会の一員となることを許されていない」ことなどをあげ、新憲法実施一周年は「当面せる國内の根本問題解決に対し異常な決意と勇氣を要請するもの」だと書いています。それでも最後には憲法は国民にとって「民主政治の方向」について学ぶ機会を与えたと評価しています。 同紙は1949年5月3日の社説でも同様の姿勢で、国民が憲法を正しく理解し運用することでこそ法の価値が生きてくる、と述べています。憲法の「精神が國民の日常生活の中に溶融することを希望する」ことが今必要とされていると読者に訴えています。 一方、時事新報(Call No. NH0088)が1948年5月3日に掲載した社説は憲法に対して好意的な見方を示しています。「新憲法一年の成績」と題された社説は下記のようにまとめており、今後の憲法に対して高い期待を寄せていることが見て取れます。社説最後部分を抜粋します。 今日は僅々一年の訓練を経たばかりである。この一年の訓練中には、大小幾多の失敗を演じたに相違ないと同時に、また幾多貴重なる反省自戒の機会をも與えられた。新憲法の下に、民主的な、平和的な、文化國民としての訓練の第二年目を、希望と自信を以て迎えているのである。 翌年1949年5月3日の社説「新憲法実施二年の成績」も、「僅々二年の短日月で、人間の魂を入れ換えしめるような奇術の成功は、世界の歴史に前例のないこと」という意見で、新憲法の浸透には時間がかかるとの見通しを述べてます。