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日本国憲法シリーズ⑤: 報道写真からみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第五回目のテーマは「報道写真からみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 1948年5月3日に撮影されたとみられる共同通信の写真は、日比谷旧音楽堂における憲法記念都民音楽会の様子です。(Prange Call No. K0502) 続く2枚は、1949年に皇居前広場で開催された憲法記念式典を写したものです。2枚目は時事通信の写真です。(Prange Call No. K4023, J150)

日本国憲法シリーズ④: 一般図書からみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第四回目のテーマは「一般図書からみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 「新しい憲法明るい生活」は (Prange Call No. JQ-0052) 憲法普及会が編集した小冊子です。ジョン・ダワー教授の「敗北を抱きしめて – 第二次世界大戦後の日本人」によると、「新しい憲法明るい生活」は新憲法が発効したその日に政府によって2000万部発行されたとのことです。ダワー教授は、これは日本の各家庭に一部ずつ備えられることを政府が意図したため、と述べています。(pp. 170-171). 奈良日日新聞社が発行した「図解憲法」(Prange Call No. JQ-0055)は、新憲法のそれぞれの項目を挿絵入りで紹介する冊子です。下記に紹介するのは憲法第二十条「信教の自由」についてのページです。

日本国憲法シリーズ③: Censored Newspaper Articlesからみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第三回目のテーマは「Censored Newspaper Articlesからみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 Censored Newspaper Articlesから、日本国憲法施行1年をむかえた1948年5月にあわせて書かれた記事を紹介します。読売新聞は1948年4月26日、「新憲法一年:世態さまざま」と題した記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 48-loc-0894)  この記事は新憲法施行によって再確認された事柄を取り上げ、それらがもたらした影響について論述しています。例えば男女の平等権が確認されたことを受け離婚の民事訴訟が殺到したと述べています。記事の最後には、新警察制度の欠陥により賭博が街に蔓延っており、凶悪事犯はますます増加して検挙率は落ちていると批判しており、この部分が削除(Delete)処分を受けました。下記はCCDが記事を英訳した文書です。 他にも憲法に関する記事がCensored Newspaper Articlesには含まれています。こちらに掲載しているリスト及び国立国会図書館のデジタルコレクションから検索が可能です。

日本国憲法シリーズ②: 児童書・児童雑誌からみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第二回目のテーマは「児童書・児童雑誌からみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。 プランゲ文庫の所蔵資料には、新しい日本国憲法に関する児童書や児童雑誌記事が数点見られます。憲法の成り立ち・意義・仕組みを詳しく文章で説明するものから、イラストを使って簡潔にしめしたものなど様々です。どの資料からも、日本の将来を担う子どもたちに日本国憲法を正しく教えるという著者の強い気持ちがうかがえます。下記は一例です。  

日本国憲法シリーズ①: ジャスティン・ウィリアムス・ペーパーからみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として、今後数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第一回目のテーマは「ジャスティン・ウィリアムス・ペーパーからみる日本国憲法」です。 ジャスティン・ウィリアムス・シニア(Justin Williams Sr.)は、1946年から1952年までSCAP民政局課長を務めました。ウィリアムスの主要な仕事は、新憲法下で国会が国権の最高機関として機能するように、その制度と運営を確立すること、日本の政治と選挙の実態をマッカーサー元帥に報告すること、及び国会がSCAPの方針に合致する政策を制定しているかどうかを確認することなどでした。コートニー・ホイットニー民政局局長(Major General Courtney Whitney)とチャールズ・ケーディス民政局次長(Colonel Charles L. Kades)が、ウィリアムスの直属上司でした。 ジャスティン・ウィリアムス・ペーパー(Justin Williams Sr. Papers)には、日本国憲法に関する資料が含まれています。下記の画像は、1946年3月6日の午後2時半にウィリアムスがひとつの封筒を受け取ったところからの出来事を詳細に書き記した文書です。厳重に封をされたこの封筒はマッカーサー元帥宛となっており、ウィリアムスは民生局が提案した憲法草案を内閣が受け入れる旨を記した文書が入っている、と予想します。ここでウィリアムは新憲法に対する自分の意見を率直に書き残しています。下記の画像はクリックで拡大します。 “When the document went back to the Cabinet 5 March, much as it was originally drawn up by the Gov’t Sect, there was no choice on the part of the Cabinet but to accept it, tho’ with great reluctance.  No matter […]