Tag Archive | 検閲

1947年11月1日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日11月1日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年11月1日、日本経済新聞が、岡山県・広島県・香川県・徳島県一帯ではサトウキビを栽培が盛んになっていると報じる記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 47-loc-1520) 記事によると、昨今は多くの農家が良田をつぶしてでも砂糖キビ畑を作ろうとする傾向がある、とのことです。これは供出に縛られる米麦よりも特に関西地方の闇市で売れる砂糖を栽培した方が儲かるだからだろう、と記事は推測しています。記事の半分以上が削除処分(Delete)を受けており、特に闇市での砂糖の取引額および該当四県の現在の砂糖キビ畑の数が厳しく削除されています。 日本語の棒ゲラ(「甘い汁を吸いたがる農家 良田もつぶしてふえる砂糖きびの栽培」)のデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。 Advertisements

1947年9月25日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、9月25日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年9月25日世界日報、時事新報、共同通信、政治新聞、東京タイムズの各紙が、アメリカ煙草が家庭用に配給される予定との記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。しかし全ての記事がSuppress処分を受けました。(Prange Call No. 47-loc-0998, 0998a, 0998b, 0998c, 0998d) 「アメリカ煙草を家庭用配給 従来の配給量は減る」と題された世界日報の記事は「進駐軍の好意により」キャメルなどの米国煙草が相当数放出され、配給値段が決定次第、一般家庭配給に廻す予定だと述べています。(Call No. 47-loc-0998) 時事新報の記事「アメリカタバコ近く店頭に 専売局長官言明」によると、これはかねてより交渉が進められているが実現の可能性が少なくなっている米国煙草の輸入とは別の案件とのことです。(Call No. 47-loc-0998a) この記事によると、政府としてはこれらを農村に放出するよりも、適当な値段で全国に売り出し、その利益を使って農村に必要な品物を配給したいと考えているとあります。ただし政治新聞の記事によると、この放出は「特に農民にとの司令部の好意」とのことなので、現時点では価格や販売方法などを検討中とのことです。(Call No. 47-loc-0998c) 下記は世界日報の記事と共に保管されていた文書です。日本語ゲラ・手書き原稿のデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

教育図書特集: 「社會への旅 後篇」

2015年8月より、当文庫は教育図書のデジタル化を開始しました。デジタル化が終了した教育図書の中から興味深い資料をシリーズとして紹介していきます。 今回は「社會への旅 後篇」(Call No. 435-0016v_3)を取り上げます。 「社會への旅 前篇、中編、後篇」(奈良市: 奈良文庫, 1947)は、奈良文庫編集の社会科讀本です。後篇の第七章「大和の國」は県庁の役割に言及しており、35~37ページには奈良県庁の平面図が掲載されています。この説明文に「軍事裁判事務所(M.P.)」と書かれた箇所があります。この箇所について民間検閲局(CCD)の検閲官が「これは占領軍関係者が滞在する場所を示すのでDelete処分にするべき」と文書に書き残しています。ただし表紙にはOKと読める書き込みがあり、実際にDelete処分を受けたかどうかは不明です。

占領期における、米兵と日本女性の交際:第三回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物をブログ記事全三回に亘って紹介します。第一回と第二回もご覧ください。今回が最終回です。 トップ「テンポラリー・ワイフ」 昭和21年5月発行の「トップ」には前回紹介した「千恵子の御難」だけでなく「テンポラリー・ワイフ」という記事もありました。「テンポラリー・ワイフ」は、米兵が日本にいる間に日本女性を内妻として「購入できるサービス」についての記事でした。占領期に米兵が売春を行なうことは禁止されていましたが、実際には米兵と日本人女性間の売春行為は広く行なわれていました。売春についての記事は、民間検閲局(CCD)によって「治安妨害」の理由で検閲処分を受けることが多くありました。「テンポラリー・ワイフ」も発禁処分を受けています。 CCDの検察官が残した文書を見ると、発禁処分の理由は「治安妨害」と「連合国への批判」である、と書かれています。例えば記事の中で不適切と書かれている箇所には「70ドルでテンポラリーワイフが購入できる」とありました。CCDの文書は、この記事は「大変嫌悪感を抱く」内容で「扇情的」で「教育的価値が無い」と厳しく批判しています。また米兵の日本での行動を否定的に捉えているため、読者が憤慨しSCAPへ反感をつのらせる可能性があると考えられたために全文発禁となったと思われます。CCD文書には「米兵の行動に対し誤解が生じる」と書かれています。 日本占領期、米国とその占領政策に対し日本人がなるべく好意的な感情を抱くようにすることは、SCAPの優先項目でした。米兵と日本人女性の交際は占領に対する疑問や不満が生まれ出る原因になると考えられ、そのため占領初期の4年間は交際が公式には禁止されていました。しかし実際には米兵と日本人女性間の交際は多く目撃されました。 全3回に亘って米兵と日本人女性間の交際に関する雑誌記事を紹介しました。この他にも関連雑誌記事は多く存在すると思われます。ご興味があれば、是非プランゲ文庫の資料を利用してほしいと思います。 参考文献一覧 エリザベス・ダグラス(2013)「『Sleeping with the Enemy』~戦争花嫁と連合国日本占領~」, pp. 1-96. [online] https://scholarship.tricolib.brynmawr.edu/bitstream/handle/10066/12996/2013DouglasE_thesis.pdf?sequence=1. ジョン・ダワー(2000)『敗北を抱きしめて~第二次大戦後の日本人~』, New York: W.W. Norton & Co./New Press. マーク・マックレランド(2012)「占領下日本における性と検閲」『亜細亜太平洋月刊誌』, 10(37), 6th ser., pp. 1-29. [online] http://apjjf.org/2012/10/37/Mark-McLelland/3827/article.html

占領期における、米兵と日本女性の交際:第二回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物をブログ記事全三回に亘って紹介します。第一回はこちら。 トップのゴシップ記事「千恵子の御難」 昭和21年5月に発行された「トップ」という雑誌には、竹下千恵子という日本人のダンサーについてのゴシップ記事が見られます。ゲラによると、記事タイトルは「千恵子の御難」となる予定だったようです。記事の前半は千恵子のアメリカへの旅行と日本への帰国について書かれています。記事によると、川上クラークという千恵子の婚約者は米軍中尉として日本に来たようです。しかし米兵と日本人女性の結婚が禁止されていたので、千恵子とクラークは計画通りには結婚できませんでした。記事の後半は千恵子のダンサーとしての人生について書かれています。 千恵子の結婚がかなわなかったことに関する記述は「治安妨害」として検閲処分の対象となりました。そして記事のタイトルを「千恵子の御難」から「千恵子気を吐く」に変更するように指示されます。結果、千恵子のダンサーとしての人生についての段落は編集せずに出版されましたが、アメリカへの旅行や結婚の予定などについての段落は全て削除となりました。 これは、結婚の禁止が不公平に見えるのではとCCDが懸念したことが検閲処分につながったと考えられます。千恵子はアメリカでクラークに出会い、日本に来る前から既に結婚する予定だったと思われ、またクラークの苗字から彼は日系アメリカ人だと推測できます。この記事のゲラには、結婚できないと気づいた千恵子の悲しみが強く現れています。クラークがGIとして来日し会った際の千恵子の目の輝き、そして彼と結婚できないと知ったときのため息などロマンチックなタッチでこの記事は書かれています。 このような感情的な記事が、米兵と日本女性との交際禁止というSCAPの方針に悪影響を及ぼすとCCDは考えたのかもしれません。CCDはこのゴシップ記事から、クラークに関する一切の言及を削除しました。

占領期における、米兵と日本女性の交際:第一回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 日本占領期、米兵と日本人の交際は連合国軍最高司令官総司令部(Supreme Commander of the Allied Powers・SCAP)によって禁止されていました。またSCAPの方針により、米兵が日本人売春婦と関係を持つ事は法律上禁止されていました。これらの事情から、米兵と日本人女性間の結婚は困難を極めました。この状態は1949年にSCAPが正式に交際を許可するまで4年間続きました。外国籍の米兵配偶者がアメリカの国籍が取得できるようになったのは、1952年にマッカラン=ウォルター法が定められてからとなります。1947年~1965年の間に、約5万人の日本人の女性が「戦争花嫁」としてアメリカに移住したと言われています。(ダグラス・2013年) 民間検閲局(Civil Censorship Detachment・CCD)は米兵と日本人女性の交際を題材として取り上げた出版物の検閲を厳しく行ないました。(ダワー・2000年・p. 411.)米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物を、ブログ記事全三回に亘って紹介します。 新漫画「スプリングガール」 雑誌「新漫画」(昭和21年6月号)のゲラには、日本人の若い女性が二人公園で会話している「スプリングガール」という漫画がありました。背景には米兵と日本人女性のカップルが二組見えます。しかしCCDが残した文書によると「米兵が日本人女性を抱きしめている漫画」が「米兵の行動についての誤解を生み出す可能性がある」及び「米兵への偏見が生じるかもしれない」という理由で、CCDは背景のカップル二組の削除を命令したようです。結局出版された漫画には、前の二人の女性しか描かれていません。

1947年8月13日 石川達三「望みなきに非ず」

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、8月13日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年8月13日読売新聞が、石川達三の「望みなきに非ず」の一部を民間検閲局(CCD)に提出し一部削除(Delete)処分を受けました。(Prange Call No. 47-loc-0575) 日本語ゲラから、Delete処分になった箇所を抜粋します。 「昔の強盗は生活苦でやつた。今の強盗は主義主張でやるらしい。」 「わたしアメリカの進駐軍を見るたびに考えるんですよ。羨しいほどつやつやして若々しくて大股にどしどし歩いてるでしよう。やつぱり食べ物が良いのよ。」 下記の画像はCCDが残した文書です。 日本語ゲラのデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。 石川達三と検閲に関しては、2015年に岩波書店から出版された「戦争と検閲:石川達三を読み直す」(河原理子著)が詳しいです。以前にブログで紹介しましたのであわせてご覧ください。