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子育て今昔:第五回 – 育児方針

[本記事は、丹治里彩(たんじ りさ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。育児に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全五回に亘って紹介します。はじめに、第一回、第二回、第三回、第四回もご覧ください。今回が最終回です。] 子供が生まれた直後からある程度自立するまでの子育ての仕方を見てみると、これもまた戦後よりどんどん進化していった考え方の一つであると見受けられます。当時の人々が赤ちゃんを強く、自立した子に育てることに最も意識を傾けていたのに対し、現在は赤ちゃんのニーズを最優先させる親が増えてきたように思います。 田中利雄氏は、抱っこやおんぶは必要最低限のみすることを自身の著作の「赤ん坊の育て方」(Prange Call No. 2019-0038)にて強く勧めていました。母子の肌の触れ合いの度が過ぎると抱き癖のついた育てにくい子になってしまうと考えていたようで、授乳中以外は子供に顔すら見せないほうが良いと勧告していました。決まった授乳時間のみに母親の顔を見せて喜ばせた方が子供の幸福度が高まると述べています。しかし、現在では赤ちゃんの心のケアの重要性も認知されるようになり、心の成長が滞らないように赤ちゃんを沢山抱いてあげるように意識する母親が増えてきたようです。 赤ちゃんを寝かせる時の注意点もいくつか「赤ん坊の育て方」にて並べられています。特に目立ったのは、添い寝厳禁という考え方でした。母親が一緒に寝てしまうと母乳をずっと欲しがり授乳時間が不規則になってしまったり十分な睡眠がとれなくなるなど、赤ちゃんの健康を懸念し、必ず一人で寝かせることを強く勧めていました。これは現在では賛否両論ある考え方で、他にも圧死させてしまう不安などからベビーベッドのみを利用する親もいれば、赤ちゃんとの関係が豊かになるよう、触れ合いの時間を延長させるために添い寝をする親もいるようです。 また、赤ちゃんの全体的な健康を窺うためには赤ちゃんがどの位泣くかを見るのが良いと田中氏は述べています。健康な赤ちゃんは全く泣かず、溢乳もせず、抱かれることを拒むとされていました。対し、不健康な赤ちゃんはよく泣き、母親から離れたがらないそうです。現在の泣く子は育つという考えとはまるで反対なのが不思議に感じました。泣くことは赤ちゃんのコミュニケーション方法なので、泣けないほどぐったりしている赤ちゃんや抱っこを嫌がる赤ちゃんには不安を煽られる親のほうが多いでしょう。 ——————————————– 文献 粟谷しのぶ(2014)「ひとの健康は胎児期から決まる:DOHaD説(成人病胎児期発症起源説)の第一人者福岡秀興先生に訊く」(ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議ニュースレター第87号),[online]http://kokumin-kaigi.org/wp-content/uploads/2014/09/fukuoka871.pdf (参照 2019-3-27). 愛媛生協病院(2002)「自家中毒(アセトン血性嘔吐症・周期性嘔吐症)」[online]http://www.e-seikyo-hp.jp/medical/pediatrics/6.pdf (参照 2019-2-26). 太田百合子(2016)「上手なおやつの摂り方」(子どもの味覚を育む食事のヒント Vol.06), [online]https://shoku.hapiku.com/column/004/mikaku-006/(参照2019-4-14). Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes(2019)「医療用医薬品の薬効分類」[online]https://www.genome.jp/kegg-bin/get_htext?jp08301+D00142 (参照 2019-4-3). さいたま助産院(2009)「『乳幼児のアトピー性皮膚炎』の勉強会に行ってきました!」(さいたま助産院ニュースレターNo.1), [online]http://saitamajosanin.com/saitama-josanin_newsNO1.pdf (参照 2019-2-26). 主婦之友社編集局(1948)『赤ちゃんの食事とお八つ』主婦之友社. Prange Call Number 2019-0012. 成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業(2013)「乳幼児身体発育評価マニュアル:乳幼児身体発育調査の統計学的解析とその手法及び利活用に関する研究」, [online]https://www.niph.go.jp/soshiki/07shougai/hatsuiku/index.files/katsuyou.pdf(参照2019-2-24). 世界保健機関(2008)「妊娠中および授乳期の食品安全と栄養」(国際食品安全当局ネットワーク Information Note No. 3), [online]https://www.who.int/foodsafety/fs_management/No_03_nutrition_Apr08_jp.pdf (参照2019-3-28). 田中利雄(1946)『赤ん坊の育て方』田中小兒科醫院. Prange Call Number 2019-0038 千葉県医師会(2010)「こども相談室 : 母乳育児中の病気について」(ミレニアム第35号)[online]https://www.chiba.med.or.jp/general/millennium/pdf/millennium35_14.pdf (参照 2019-3-12). 中鉢不二郎(1948)『病氣をさせぬ新育兒法』婦人圖書出版社. Prange Call Number 2019-0022. 守屋光雄(1949)『育兒心理學』臼井書房. […]

子育て今昔:第四回 – おやつと離乳食

[本記事は、丹治里彩(たんじ りさ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。育児に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全五回に亘って紹介します。はじめに、第一回、第二回、第三回もご覧ください。] 子どもが少し育つと、今度は離乳食やおやつを食べさせて大人と同じような食の摂り方に興味を持たせます。この離乳食やおやつに関しても、戦後と現在の日本では食べているものや食べさせるタイミングが少々異なったようです。主婦之友社編集局の「赤ちゃんの食事とお八つ」(Prange Call No. 2019-0012)と山本康裕医学博士の「育兒の常識」(Prange Call No. 2019-0013)を、管理栄養士の太田百合子氏の見解を現代の考え方の代表例として照らし合わせます。 太田氏によると、特に1・2歳頃の乳幼児のおやつは食事で摂りにくい栄養分をおやつで補うのが理想だそうです。「赤ちゃんの食事とお八つ」であげられているおやつの具体例にはさつまいもやパンのプリン、様々な野菜やナッツ類で作るクリーム、ゼリー、リンゴの落とし焼き、すりおろしリンゴの葛湯などがあります。 栄養面でみるとこれらのおやつはビタミンやカルシウムを摂るのに適していると言えますが、熱い葛湯などは栄養が豊富で色が綺麗であっても、食べやすさがあまり考慮されていなかったように思います。また、スイートポテトや芋羊羹など芋ベースのおやつも沢山列記されており、現在もおやつとして与えられることが多い食べ物の名前も見られました。また、この本に記載されているおやつは全て手作りのおやつで種類の豊富さや手間のかかるレシピが多いことから、現在のような店頭で買える幼児用おやつは手に入りにくかったことが窺えます。 おやつを与えるタイミングや子どもの健康を保つための注意などは、山本博士が詳しく説明しています。山本博士は子どもにとっておやつが必要不可欠であることを主張し、5・6歳までは午前と午後に一回ずつおやつを与えるのが良いと述べています。現在でも子どもは大人よりエネルギーの消費が多いため、おやつの大切さが謳われていますが、3歳以降からは午後の一日一回だけでも大丈夫だそうです(太田百合子, 2016)。 これまで山本博士が著作全体を通して懸念している「神経質さ」の問題もここでもまた述べられており、親が食に神経質になると子どもも神経質になり、また神経質な子どもの胃腸は弱くなるというのが彼の見解でした。おやつの必要性を力説しながらも、おやつの食べ過ぎや不規則性が胃弱に繋がるとも考えていたようです。

子育て今昔:第三回 – 母親の体調管理

[本記事は、丹治里彩(たんじ りさ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。育児に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全五回に亘って紹介します。はじめに、第一回、第二回もご覧ください。] まず、山本康裕医学博士の「育兒の常識」(Prange Call No. 2019-0013) や中鉢不二郎医学博士の「病氣をさせぬ新育兒法」(Prange Call No. 2019-0022) をはじめ、様々な戦後の育児法の本には母親や女性を読者のターゲットとした本があまりに多い事に驚きました。現在なら男性向けの育児書も見つけやすくなっていますが、戦後は父親は育児に全く関与しなかったのかと思うほど男性が読むことを想定して書かれた本や文章がまるでありません。このことから、当時は男女の家の中での役割が今よりはっきり分かれていたことが窺えます。 その中でも一番記述が多い題目が授乳に関するものでした。山本博士は授乳中に限らず、妊娠中・子育てをする母親たちの神経質さに懸念を抱き、夜は人に赤ちゃんを任せてでも睡眠をとるように促したり知識階級の女性は神経質で母乳が出にくくなると主張していました。ストレスや栄養不足からくるホルモンへの影響などはあっても、学歴と神経質さや母乳の出にくさを関連付けた考えは今では一般的ではありません。 母乳の分泌を促すために山本博士は乳腺の発育のためにビタミンLを摂取したりマッサージをするのがいいと述べています。今ではビタミンLのみのサプリメントなどはあまり見かけないように思いますが、催乳剤によくビタミンLやプロラクチン(催乳ホルモン)が含まれることがあります(Kyoto Enclyclopedia of Genes and Genomes, 2019)。マッサージに関しても、山本博士は精神的な作用だけかも知れないと半信半疑でいた様ですが、今でもマッサージを自分で行ったり助産師に行ってもらったりする母親は多く、乳腺炎予防の意味でも大切だという認識が定着しているようです。中鉢博士も山本博士のように母乳育児を勧めており、特に産後一、二週間はホルモン注射を打つことで母乳の出を更に良くすることができると述べています。他にも妊娠五、六か月頃からアルコールなどで乳頭を拭いて皮膚を丈夫にしておいたほうがいいと記しています。 また、いずれの著作物も母親が母乳育児をすることを前提に書かれてあることにも興味を持ちました。中鉢博士が無理をしてでも母乳を飲ませたほうがいいと言うように、やはり母乳が赤ちゃんにとって一番良いという認識が当時は最も流布されていたようです。

子育て今昔:第二回 – 母乳 vs. 粉ミルク

[本記事は、丹治里彩(たんじ りさ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。育児に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全五回に亘って紹介します。はじめに、第一回もご覧ください。] 今週8月1日~7日はWorld Breastfeeding Weekだそうです。これにあやかり、今日の記事では母乳育児 vs. 粉ミルクのテーマを取り上げます。 育児にあたり、どのような栄養源をいかにしてあげるのが一番良いのか、親になると一度は悩むことだと思います。時代が変わるにつれ赤ちゃんの食事に対する考えも変わってきましたが、一般的に「母乳が一番の栄養品」とされるのは戦後も同じだったようです。「育兒の常識」(Prange Call No. 2019-0013)で山本康裕博士は、母乳ほど赤ちゃんに充分な栄養を与えられるものはないと強調し、当時は母親が病気の時に分泌すると言われていた所謂「悪い母乳」でも授乳を続けたほうがいいと述べています。現在でも同じような考え方が広まっていますが、更に母乳の栄養価だけでなく母子の肌の触れ合いも大切な「心の栄養」だと言われることが多くなりました。 また「育兒の常識」では牛乳や山羊乳、重湯などの母乳の代用品の名前が並べられていますが、当時はどれも母乳より栄養価が劣っていたり、入手困難な高級品とされていました。当時はこれら代用乳がない事態も想定せざるを得なかったこともあったのでしょう、主婦之友社編集局著の「赤ちゃんの食事とお八つ」(Prange Call No. 2019-0012)では詳しく代用乳の作り方や与え方を説明しています。ここには、卵黄乳、煮干粉乳、落花生乳など、今ではあまり馴染みのないものの名前も見られます。更に、当時は粉ミルクが牛乳より良質になることはないとされていましたが、現在は粉ミルクの品質が改良されたうえ、配合されている栄養分の種類が豊富になったので、一概に粉ミルクより牛乳のほうがいいとは言えなくなりました。 山本氏はまた「育児の常識」内で、乳児の肥満傾向にも注意を呼び掛けています。乳児の成長を喜ぶ親が多い中、乳児の肥満は大人と同じような病気のリスクがあると考えていたようです。確かに今でも肥満期間の長い乳児は成人病にかかるリスクが高いと言われていますが、活発に運動し始める1歳頃になると、自然と肥満も解消し始めるので心配をする必要はないそうです(粟谷しのぶ, 2014)。また山本氏は母乳はいくら与えても太りにくく、牛乳で育てた赤ちゃんは肥満になりやすいと主張しています。 医学博士の田中利雄氏は著書「赤ん坊の育て方」(Prange Call No. 2019-0038)で授乳や離乳のタイミングを詳しく説明しています。田中氏は授乳時間を規則正しく行うことで育てやすい子供になると述べ、毎日十時以降を除いて六回、三時間おきに十分間の授乳をするように勧告していました。また、赤ちゃんが寝ていても授乳の時間には必ず起こすことで体内のリズムを整えていくことが大切だと述べています。反対に、現在では万人に通用する授乳方法というものはなく、産婦人科が母親の育児方針や赤ちゃん個人に合わせた授乳方法を推奨するのが基本とされているようです。 離乳のタイミングにおいては、田中氏は生後八か月から離乳を始めないと赤ちゃんが痩せ細って弱い子になってしまうと言っていますが、これも現代の母親たちからすると少し早いと感じる方が多いのではないでしょうか。現在WHO(世界保健機関)は2歳頃まで授乳を続けるように勧めており、自然卒乳の時期は大体生後九か月から三歳半くらいの間に始まるそうです。

子育て今昔:第一回 – 赤ちゃんの発育と健康

[本記事は、丹治里彩(たんじ りさ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。育児に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全五回に亘って紹介します。] まず厚生労働省(2013)が発表している発育平均標準値(p.10の図を参照)を守屋光雄著の「育兒心理學」(Prange Call No. 2019-0019)に記載されている表と比べてみたところ、占領期に産まれた乳幼児は男女共に現代の乳幼児より小さく軽かったようです。産まれてすぐの体重は過去も現在もほぼ同じですが、現在の赤ちゃんのほうが成長速度が速い故、生後2か月もすると占領期の赤ちゃんよりはるかに重いことが分かります。身長に関しても、生後直後から現代の赤ちゃんのほうが高いので著しい差が窺えます。 我が子のどんな些細な体調不良も気になってしまうのは昔も今も変わらない親の性でしょう。更に戦後の衛生環境や医療技術のことを考えると、あらゆることを大病の症状や原因ではないかと疑ってしまう母親が多かったのはあまり不思議ではないかもしれません。 山本康裕博士は著書「育兒の常識」(Prange Call No. 2019-0013)で、寝汗や神経質な性格は病気の証でよだれは低能の証拠と捉えました。しかし現代では寝汗はむしろ代謝のいい証であり、神経質さと病気を結び付けて考える事も少なくなりました。現代の研究によると乳幼児のよだれには体を守るためのきちんとした理由があって分泌されていることが分かっています。(さいたま助産院, 2009) 戦争中見られなかった自家中毒が戦後見られるようになったのも、戦争中は食べ物を選り好めるほど神経質になれなかったからだと山本博士は言います。 また都会育ちであることも戦後は不安の種だったようで、食事の不自由なく生活出来ている子どもたちは太ってしまう、滲出性素質の症状が悪化する、虚弱体質な子どもが育ってしまうと当時は考えられていたようです。今でも都会より田舎にいるほうが心身にいいという考えもありますが都会育ちが原因の病気はありません。

子育て今昔:はじめに

[本記事は、丹治里彩(たんじ りさ)](2018年~学生アルバイト)による寄稿です。育児に関するプランゲ文庫の資料を、ブログ記事全五回に亘って紹介します。] 占領期に復興へ奮闘する日本人は、戦後の苦しい生活の中でも丈夫な子供を産み育てることに一生懸命でした。私はプランゲ文庫で資料整理をする過程で当時の日本人の出産や育児に対する考えを綴った文献に触れ、現在の子育ての常識とは全く異なる理論が唱えられていたことに興味を持ちました。ブログシリーズ「子育て今昔」では、山本康裕氏の「育兒の常識」など戦後の書籍に記載されている情報と現在の一般的な知識を第五回に亘って照らし合わせます。 このブログでは、以下の通りに連載していきます: 赤ちゃんの発育と健康 母乳 vs. 粉ミルク 母親の体調管理 おやつと離乳食 育児方針