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オーラル・ヒストリー特集:レイモンド・ヴァーノン氏(Raymond Vernon)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で、29件のインタビューについては筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源は、プランゲ文庫館内にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。 9月1日はレイモンド・ヴァーノン氏(Raymond Vernon)の誕生日です。メリーランド大学歴史学部のマーリン・メイヨー教授は1979年11月1日、“Oral Histories with Americans Who Served in Allied Occupied Japan” プロジェクトにてヴァーノン氏のインタビューを行ないました。 レイモンド・ヴァーノン氏(1913年9月1日~ 1999年8月25日)は、1935年から1946年の間、米国証券取引委員会(Securities and Exchange Commission, SEC)に勤め、その間には日本の資本や証券に関する資料を作成しました。SEC時代にはまた、Corwin Edwards氏と共に反トラスト法や資本の分散に関する報告書作成のため訪日しています。 1946年に米国に帰国してまもなく、ヴァーノン氏は米国務省で働き始めマーシャルプラン担当チームに配属されました。そこでは国際通貨基金(International Monetary Fund)の設立に関わり、また「関税及び貿易に関する一般協定 = General Agreement on Tariffs and Trade)」の日本加入にも助力しました。 ヴァーノン氏は1959年にハーバード大学にて教職に就き、国際経済の研究を進めました。ヴァーノン氏は時に「Father of Globalization」とも呼ばれているとのことです。 マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのページで、ヴァーノン氏のインタビューの筆記録をダウンロードできます。

オーラル・ヒストリー特集:マリウス・ジャンセン氏(Marius Jansen)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で、29件のインタビューについては筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源は、プランゲ文庫館内にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。 4月1日はマリウス・ジャンセン氏(Marius Jansen)の誕生日です。ジャンセン氏(1922年4月1日~ 2000年12月10日)は日本史の専門家として知られています。メリーランド大学歴史学部のマーリン・メイヨー教授は1979年11月10日、 “Oral Histories with Americans Who Served in Allied Occupied Japan” プロジェクトにてジャンセン氏のインタビューを行ないました。 ジャンセン氏はプリンストン大学でルネサンスと宗教改革の歴史を専攻しました。第二次世界大戦の開始に伴い、ジャンセン氏は日本語の訓練を受け米国防諜部隊(Counterintelligence Corps = CIC)に勤めました。ジャンセン氏は1945年8月初旬、日本降伏の直前に沖縄に着き、その後横浜に移動しました。インタビュー内でジャンセン氏は次のように述べています。 We managed to get Izu Peninsula added to our territory in time on the ground that connections were better from the north than from the Shizuoka side. So we developed a rather close familiarity with some […]

オーラル・ヒストリー特集:エマーソン・シェーピン氏(Emerson Chapin)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で、29件のインタビューについては筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源は、プランゲ文庫館内にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。 7月31日はエマーソン・シェーピン氏(Emerson Chapin)の誕生日です。シェーピン氏(1920-2003)はニューヨーク・タイムズの海外特派員を長く勤めた人物です。シェーピン氏は1945年9月末に、占領軍の一員として日本へ到着しました。1946年には除隊しますが同年日本に戻り、民間情報教育局(Civil Information and Education Section = CI&E)に勤務、雑誌の記事分析業務に携わりました。民間情報教育局が解体された後は、連合軍翻訳通訳部局(Allied Translator and Interpreter Service = ATIS)にて同様の任務に就きました。シェーピン氏は1950年の7月10日に日本を離れました。 2015年、シェーピン氏の息子であるディビット・シェーピン氏により、404枚のスライドと236枚の写真が当文庫に寄付され、Emerson Chapin Photographs and Slidesと命名されました。この資料群の検索・利用に興味のある方は、prangebuno@umd.eduまでご連絡ください。

オーラル・ヒストリー特集:ジュリウス・ベーシン氏(Julius Bassin)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で、29件のインタビューについては筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源は、プランゲ文庫にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。 弁護士で国務省職員だったジュリウス(ジュールス)・ベーシン氏は1945年、ダグラス・マッカーサー元帥の元で日本との平和条約締結交渉に関与しました。1946年にベーシン氏は陸軍を離れ、連合国軍最高司令官総司令部(SCAP)の法務局課長を占領終了まで勤めました。1952年には東京のアメリカ大使館にて法律部門専門の大使館員となりました。 メリーランド大学歴史学部のマーリン・メイヨー教授は1979年10月2・9日、 “Oral Histories with Americans Who Served in Allied Occupied Japan” プロジェクトにてベーシン氏のインタビューを行ないました。マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのページで、このインタビューの筆記録をダウンロードできます。また音源はメリーランド大学図書館ホーンベイク図書館の閲覧室(Maryland Room)にて利用に供されています。 2015年、ジュリウス・ベーシン氏の息子であるN. ジェイ・ベーシン氏により追加資料がプランゲ文庫に寄付されました。この追加資料には、ベーシン氏が日本に行く前の資料も含まれています。写真アルバムや招待状などはデジタル化がすでに終了し、当大学図書館のデジタルコレクションにてご覧いただけます。追加資料に含まれるビデオなどはまだ未整理状態です。ご興味のある方は、こちらからご連絡ください。

労働関係資料特集:ジョン・R・ハロルド文書より

現在メリーランド大学ホーンベイク図書館では、Special Collections and University Archivesが所蔵する労働関係資料を使った展示「For Liberty, Justice, and Equality: Unions Making History in America」が開催されています。(開催期間は2017年9月~2018年7月)。これを受け、プランゲ文庫が所蔵する労働関係資料をブログで紹介していきます。シリーズ記事の一覧はこちらからご覧頂けます。 GHQ・SCAPは占領政策の一環として、日本人に民主的社会における労働組合の重要性を教えようとしました。 大量のパンフレットを配布する事も、この政策の拡散運動の一例でした。以下のパンフレットはジョン・R・ハロルド文書より。

iSchool (メリーランド大学図書館学学科)インターン生より (2017) – Mead Smith Karras Papers

[本記事はAshley Victoria Haddix(2017年秋学期 iSchool Field Studies インターン)による寄稿です。彼女のインターンについての記事はこちらからどうぞ] ゴードン W.プランゲ文庫のインターンシップでは、ミード・スミス・カラス・ぺーパー(Mead Smith Karras Papers)を整理する仕事を任されました。 ミード・スミス・カラス氏(Mead Smith Karras)は、1946~1949年の間エコノミストとしてSCAPの労働課に勤務し、労働省婦人少年局(Women’s and Minor’s Bureau)の新設や、労働基準法を通じて女性と子どもの労働環境を改善するため奔走しました。 カラス・ペーパーには、GHQの正式な月報が含まれており、ここには賃金や労働立法、労働組合員や労働組合運動などの情報が多く記録されています。これらの月報からは、戦後復興に向かう日本において国民の労働に対する考え方などが常に変動していたことが見て取れます。 また、紙芝居やGHQの労働課が作成したポスターなど、ユニークな資料もカラス・ペーパーに含まれています。ポスターには、未成年が働く場合の安全確保や、女性が労働組合を結成する手助けをする情報などが記載されています。カラス氏が1949年に日本を去る際、労働省婦人少年局の各地方の代表者から送られた感謝状もありました。これらの手紙は、カラス氏が戦後の日本女性の労働環境改善において多大な功績を残したということだけではなく、働く女性達と個人的な親交を深めていたことを象徴する資料と言えます。 カラス・ペーパーを整理し終わり、この資料群は戦後日本を理解するために非常に重要な資料だと改めて感じました。カラス・ペーパーは下記のウェブサイトから詳しく検索できます。 https://archives.lib.umd.edu/repositories/2/resources/1419

オーラル・ヒストリー特集:キー・コバヤシ氏(Key Kobayashi)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で、29件のインタビューについては筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源は、プランゲ文庫館内にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。 3月11日はキー・コバヤシ氏(Key Kobayashi)の誕生日です。 メリーランド大学歴史学部のマーリン・メイヨー教授は1978年10月18・25日、 “Oral Histories with Americans Who Served in Allied Occupied Japan” プロジェクトにてキー(キヨカズ)・コバヤシ氏(3/11/1922 – 11/15/1992)のインタビューを行ないました。 マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズ の102件のインタビューには、コバヤシ氏を含む日系アメリカ人(二世)のインタビューもいくつか収められています。コバヤシ氏はインタビューの中で、日系アメリカ人としてのカリフォルニア州での生活や、彼の家族が Gila River War Relocation Center に収容された際の思いなどに言及しています。 コバヤシ氏は1944年に徴兵され、ミネソタ州のSnelling基地にあったMilitary Intelligence Service Language Schoolに配属されました。ちなみにこの学校の卒業生約6千人は、第二次世界大戦中は太平洋戦線、そして占領期には日本に派遣されることになります。コバヤシ氏は1945年、Allied Translator and Interpreter Section (ATIS)(連合軍翻訳通訳部局)の一員としてマニラそして日本に派遣されます。日本ではCounter Intelligence Corps (CIC)に転任されました。1948年に除隊となりましたがまた軍に戻り、韓国・日本に駐留しました。帰国後は米国特許庁に勤め、そして米議会図書館にて日本語コレクションのAssistant Head of the Japanese Sectionとして25年勤務しました。 マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのページで、このインタビューの筆記録をダウンロードできます。また音源はメリーランド大学図書館ホーンベイク図書館の閲覧室(Maryland Room)にて利用に供されています。