Tag Archive | 雑誌

雑誌特集:新潟県で出版された雑誌

2015年3月より、約5,300点(約700タイトル)のプランゲ文庫所蔵雑誌が国立国会図書館のデジタルコレクションにて閲覧可能(館内閲覧限定)となりました。これらの雑誌を今後当ブログにてシリーズとして紹介していきます。シリーズ記事の一覧はこちらからご覧頂けます。 シリーズ第九回目の今回は、新潟県で発行された雑誌を数点紹介します。 団欒. [[2回](1947年10月)].  (Call No. D-102) 越後連山. [[2号](1947年?月)]. (Call No. E-4) 中里青年団によって発行された「団欒」は、中里青年団団員による年刊寄稿文集です。「農村経済と生活改善」や「再建の雄叫び」といったタイトルの寄稿が収録されています。 「越後連山」は日輕労組新潟支部の機関誌です。「団欒」と同様、会員による寄稿誌です。編集後記では、今号では女性からの寄稿がなかったと指摘し「平等なる権利を駆使しない駆る勿体ない事があろうか」と締めくくっています。 怒涛. [1号(1947年8月)-9号(1948年9月)]. (Call No. D-315) 新潟県直江津町にある日本ステンレス直江津工業の労働組合が出版した「怒涛」創刊号(1947年8月)の編集後記には次のように書かれています。 皆んなの原稿を皆んなで集め、皆んなで印刷して皆んなの手許へ届けることが出来た。新しい文化の、働くものの手による文化の發生があると思ふ 工場内の様々な部署の組合メンバーが、詩やエッセイを投稿しています。写真上部、創刊号と第二号は印刷も製本もあまりよくありません。民間検閲局(CCD)に提出された文書を見ると第二号の発行部数はわずか79部。しかし写真右下の第五号になると、表紙がカラーになりページ数も飛躍的に増えており、この組合誌の成長が見て取れます。 Advertisements

特別展「没後50年 山本周五郎展」神奈川近代文学館

2017年9月30日より特別展「没後50年 山本周五郎展」が神奈川近代文学館にて開催されます。ウェブサイトによると、神奈川近代文学館は1991年に「山本周五郎展」を開催し、その後26年の間に更に多くの関連資料が寄贈されたとのことです。今年没後50年を機に開催する特別展では新たな資料の紹介と共に、講演会や文芸映画を観る会など様々な関連行事が企画されています。 この企画展でプランゲ文庫が所蔵する資料がパネルで使われています。 開催期間は2017年9月30日~11月26日。詳しくはこちらのページをご覧ください。 *この記事は神奈川近代文学館の許可を得て掲載しています。

占領期における、米兵と日本女性の交際:第三回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物をブログ記事全三回に亘って紹介します。第一回と第二回もご覧ください。今回が最終回です。 トップ「テンポラリー・ワイフ」 昭和21年5月発行の「トップ」には前回紹介した「千恵子の御難」だけでなく「テンポラリー・ワイフ」という記事もありました。「テンポラリー・ワイフ」は、米兵が日本にいる間に日本女性を内妻として「購入できるサービス」についての記事でした。占領期に米兵が売春を行なうことは禁止されていましたが、実際には米兵と日本人女性間の売春行為は広く行なわれていました。売春についての記事は、民間検閲局(CCD)によって「治安妨害」の理由で検閲処分を受けることが多くありました。「テンポラリー・ワイフ」も発禁処分を受けています。 CCDの検察官が残した文書を見ると、発禁処分の理由は「治安妨害」と「連合国への批判」である、と書かれています。例えば記事の中で不適切と書かれている箇所には「70ドルでテンポラリーワイフが購入できる」とありました。CCDの文書は、この記事は「大変嫌悪感を抱く」内容で「扇情的」で「教育的価値が無い」と厳しく批判しています。また米兵の日本での行動を否定的に捉えているため、読者が憤慨しSCAPへ反感をつのらせる可能性があると考えられたために全文発禁となったと思われます。CCD文書には「米兵の行動に対し誤解が生じる」と書かれています。 日本占領期、米国とその占領政策に対し日本人がなるべく好意的な感情を抱くようにすることは、SCAPの優先項目でした。米兵と日本人女性の交際は占領に対する疑問や不満が生まれ出る原因になると考えられ、そのため占領初期の4年間は交際が公式には禁止されていました。しかし実際には米兵と日本人女性間の交際は多く目撃されました。 全3回に亘って米兵と日本人女性間の交際に関する雑誌記事を紹介しました。この他にも関連雑誌記事は多く存在すると思われます。ご興味があれば、是非プランゲ文庫の資料を利用してほしいと思います。 参考文献一覧 エリザベス・ダグラス(2013)「『Sleeping with the Enemy』~戦争花嫁と連合国日本占領~」, pp. 1-96. [online] https://scholarship.tricolib.brynmawr.edu/bitstream/handle/10066/12996/2013DouglasE_thesis.pdf?sequence=1. ジョン・ダワー(2000)『敗北を抱きしめて~第二次大戦後の日本人~』, New York: W.W. Norton & Co./New Press. マーク・マックレランド(2012)「占領下日本における性と検閲」『亜細亜太平洋月刊誌』, 10(37), 6th ser., pp. 1-29. [online] http://apjjf.org/2012/10/37/Mark-McLelland/3827/article.html

占領期における、米兵と日本女性の交際:第二回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物をブログ記事全三回に亘って紹介します。第一回はこちら。 トップのゴシップ記事「千恵子の御難」 昭和21年5月に発行された「トップ」という雑誌には、竹下千恵子という日本人のダンサーについてのゴシップ記事が見られます。ゲラによると、記事タイトルは「千恵子の御難」となる予定だったようです。記事の前半は千恵子のアメリカへの旅行と日本への帰国について書かれています。記事によると、川上クラークという千恵子の婚約者は米軍中尉として日本に来たようです。しかし米兵と日本人女性の結婚が禁止されていたので、千恵子とクラークは計画通りには結婚できませんでした。記事の後半は千恵子のダンサーとしての人生について書かれています。 千恵子の結婚がかなわなかったことに関する記述は「治安妨害」として検閲処分の対象となりました。そして記事のタイトルを「千恵子の御難」から「千恵子気を吐く」に変更するように指示されます。結果、千恵子のダンサーとしての人生についての段落は編集せずに出版されましたが、アメリカへの旅行や結婚の予定などについての段落は全て削除となりました。 これは、結婚の禁止が不公平に見えるのではとCCDが懸念したことが検閲処分につながったと考えられます。千恵子はアメリカでクラークに出会い、日本に来る前から既に結婚する予定だったと思われ、またクラークの苗字から彼は日系アメリカ人だと推測できます。この記事のゲラには、結婚できないと気づいた千恵子の悲しみが強く現れています。クラークがGIとして来日し会った際の千恵子の目の輝き、そして彼と結婚できないと知ったときのため息などロマンチックなタッチでこの記事は書かれています。 このような感情的な記事が、米兵と日本女性との交際禁止というSCAPの方針に悪影響を及ぼすとCCDは考えたのかもしれません。CCDはこのゴシップ記事から、クラークに関する一切の言及を削除しました。

占領期における、米兵と日本女性の交際:第一回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 日本占領期、米兵と日本人の交際は連合国軍最高司令官総司令部(Supreme Commander of the Allied Powers・SCAP)によって禁止されていました。またSCAPの方針により、米兵が日本人売春婦と関係を持つ事は法律上禁止されていました。これらの事情から、米兵と日本人女性間の結婚は困難を極めました。この状態は1949年にSCAPが正式に交際を許可するまで4年間続きました。外国籍の米兵配偶者がアメリカの国籍が取得できるようになったのは、1952年にマッカラン=ウォルター法が定められてからとなります。1947年~1965年の間に、約5万人の日本人の女性が「戦争花嫁」としてアメリカに移住したと言われています。(ダグラス・2013年) 民間検閲局(Civil Censorship Detachment・CCD)は米兵と日本人女性の交際を題材として取り上げた出版物の検閲を厳しく行ないました。(ダワー・2000年・p. 411.)米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物を、ブログ記事全三回に亘って紹介します。 新漫画「スプリングガール」 雑誌「新漫画」(昭和21年6月号)のゲラには、日本人の若い女性が二人公園で会話している「スプリングガール」という漫画がありました。背景には米兵と日本人女性のカップルが二組見えます。しかしCCDが残した文書によると「米兵が日本人女性を抱きしめている漫画」が「米兵の行動についての誤解を生み出す可能性がある」及び「米兵への偏見が生じるかもしれない」という理由で、CCDは背景のカップル二組の削除を命令したようです。結局出版された漫画には、前の二人の女性しか描かれていません。

プランゲ文庫の資料から見る「古橋廣之進 – フジヤマのトビウオ」

古橋廣之進(ふるはし ひろのしん, 1928 – 2009)は、1949年8月にロスアンゼルスで行なわれた全米選手権に参加し、自由形で世界新記録を樹立、「フジヤマのトビウオ(The Flying Fish of Fujiyama)」と呼ばれ脚光を浴びました。当時の新聞はもちろん、雑誌や児童書など様々なメディア媒体が古橋選手の活躍を克明に記録しました。これらの資料からは、古橋選手を心から応援する当時の国民の声が聞こえてくるようです。下記は関連資料の一例です。 報道写真 ロスアンゼルスに出発前の古橋選手らの様子を写した写真が、サン報道写真群の中にありました。 児童書 水の王者 古橋選手の活躍  富田邦彦著 (妙義出版社発行, 1949) (Call No. 491-029) 水の王者 古橋広之進 浅田斐彦著 (イースタンライト社発行, 1949) (Call No. 541-055) 雑誌 「世界記録をはぐくんだ母:水の王者・古橋広之進にきく「わが母の記」」- 婦人の国 , vol. 1, no. 8, Oct/Nov 1947, pp. 17-19.  婦人の国社発行 (Call No. F-75) 「古橋廣之進さんにきく:水泳のおはなし」- 子供の時間, vol. 2, no. 7, July 1948, pp. 14-15. (Call No. K-1339) […]

企画展「福岡の広報紙展~伝えたい!知ってほしい!行政の取組み~」福岡共同公文書館

7月19日より企画展「福岡の広報紙展~伝えたい!知ってほしい!行政の取組み~」が福岡共同公文書館にて開催されます。ウェブサイトによると、地域性豊かな広報紙を展示し創刊号や全国広報コンクールの受賞広報紙などを紹介する、とのことです。編集作業の流れなどに関するパネルも展示されます。この企画展でプランゲ文庫が所蔵する資料がパネルで使われています。 開催期間は2017年7月19日~9月24日。詳しくはこちらのページをご覧ください。 *この記事は福岡共同公文書館の許可を得て掲載しています。