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占領期における、米兵と日本女性の交際:第三回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物をブログ記事全三回に亘って紹介します。第一回と第二回もご覧ください。今回が最終回です。 トップ「テンポラリー・ワイフ」 昭和21年5月発行の「トップ」には前回紹介した「千恵子の御難」だけでなく「テンポラリー・ワイフ」という記事もありました。「テンポラリー・ワイフ」は、米兵が日本にいる間に日本女性を内妻として「購入できるサービス」についての記事でした。占領期に米兵が売春を行なうことは禁止されていましたが、実際には米兵と日本人女性間の売春行為は広く行なわれていました。売春についての記事は、民間検閲局(CCD)によって「治安妨害」の理由で検閲処分を受けることが多くありました。「テンポラリー・ワイフ」も発禁処分を受けています。 CCDの検察官が残した文書を見ると、発禁処分の理由は「治安妨害」と「連合国への批判」である、と書かれています。例えば記事の中で不適切と書かれている箇所には「70ドルでテンポラリーワイフが購入できる」とありました。CCDの文書は、この記事は「大変嫌悪感を抱く」内容で「扇情的」で「教育的価値が無い」と厳しく批判しています。また米兵の日本での行動を否定的に捉えているため、読者が憤慨しSCAPへ反感をつのらせる可能性があると考えられたために全文発禁となったと思われます。CCD文書には「米兵の行動に対し誤解が生じる」と書かれています。 日本占領期、米国とその占領政策に対し日本人がなるべく好意的な感情を抱くようにすることは、SCAPの優先項目でした。米兵と日本人女性の交際は占領に対する疑問や不満が生まれ出る原因になると考えられ、そのため占領初期の4年間は交際が公式には禁止されていました。しかし実際には米兵と日本人女性間の交際は多く目撃されました。 全3回に亘って米兵と日本人女性間の交際に関する雑誌記事を紹介しました。この他にも関連雑誌記事は多く存在すると思われます。ご興味があれば、是非プランゲ文庫の資料を利用してほしいと思います。 参考文献一覧 エリザベス・ダグラス(2013)「『Sleeping with the Enemy』~戦争花嫁と連合国日本占領~」, pp. 1-96. [online] https://scholarship.tricolib.brynmawr.edu/bitstream/handle/10066/12996/2013DouglasE_thesis.pdf?sequence=1. ジョン・ダワー(2000)『敗北を抱きしめて~第二次大戦後の日本人~』, New York: W.W. Norton & Co./New Press. マーク・マックレランド(2012)「占領下日本における性と検閲」『亜細亜太平洋月刊誌』, 10(37), 6th ser., pp. 1-29. [online] http://apjjf.org/2012/10/37/Mark-McLelland/3827/article.html Advertisements

占領期における、米兵と日本女性の交際:第二回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物をブログ記事全三回に亘って紹介します。第一回はこちら。 トップのゴシップ記事「千恵子の御難」 昭和21年5月に発行された「トップ」という雑誌には、竹下千恵子という日本人のダンサーについてのゴシップ記事が見られます。ゲラによると、記事タイトルは「千恵子の御難」となる予定だったようです。記事の前半は千恵子のアメリカへの旅行と日本への帰国について書かれています。記事によると、川上クラークという千恵子の婚約者は米軍中尉として日本に来たようです。しかし米兵と日本人女性の結婚が禁止されていたので、千恵子とクラークは計画通りには結婚できませんでした。記事の後半は千恵子のダンサーとしての人生について書かれています。 千恵子の結婚がかなわなかったことに関する記述は「治安妨害」として検閲処分の対象となりました。そして記事のタイトルを「千恵子の御難」から「千恵子気を吐く」に変更するように指示されます。結果、千恵子のダンサーとしての人生についての段落は編集せずに出版されましたが、アメリカへの旅行や結婚の予定などについての段落は全て削除となりました。 これは、結婚の禁止が不公平に見えるのではとCCDが懸念したことが検閲処分につながったと考えられます。千恵子はアメリカでクラークに出会い、日本に来る前から既に結婚する予定だったと思われ、またクラークの苗字から彼は日系アメリカ人だと推測できます。この記事のゲラには、結婚できないと気づいた千恵子の悲しみが強く現れています。クラークがGIとして来日し会った際の千恵子の目の輝き、そして彼と結婚できないと知ったときのため息などロマンチックなタッチでこの記事は書かれています。 このような感情的な記事が、米兵と日本女性との交際禁止というSCAPの方針に悪影響を及ぼすとCCDは考えたのかもしれません。CCDはこのゴシップ記事から、クラークに関する一切の言及を削除しました。

占領期における、米兵と日本女性の交際:第一回

[本記事は、渡辺二幸[わたなべ にこう](2016-2017年学生アルバイト)による寄稿です] 日本占領期、米兵と日本人の交際は連合国軍最高司令官総司令部(Supreme Commander of the Allied Powers・SCAP)によって禁止されていました。またSCAPの方針により、米兵が日本人売春婦と関係を持つ事は法律上禁止されていました。これらの事情から、米兵と日本人女性間の結婚は困難を極めました。この状態は1949年にSCAPが正式に交際を許可するまで4年間続きました。外国籍の米兵配偶者がアメリカの国籍が取得できるようになったのは、1952年にマッカラン=ウォルター法が定められてからとなります。1947年~1965年の間に、約5万人の日本人の女性が「戦争花嫁」としてアメリカに移住したと言われています。(ダグラス・2013年) 民間検閲局(Civil Censorship Detachment・CCD)は米兵と日本人女性の交際を題材として取り上げた出版物の検閲を厳しく行ないました。(ダワー・2000年・p. 411.)米兵と日本人女性の交際を描いたが為に検閲処分を受けた出版物を、ブログ記事全三回に亘って紹介します。 新漫画「スプリングガール」 雑誌「新漫画」(昭和21年6月号)のゲラには、日本人の若い女性が二人公園で会話している「スプリングガール」という漫画がありました。背景には米兵と日本人女性のカップルが二組見えます。しかしCCDが残した文書によると「米兵が日本人女性を抱きしめている漫画」が「米兵の行動についての誤解を生み出す可能性がある」及び「米兵への偏見が生じるかもしれない」という理由で、CCDは背景のカップル二組の削除を命令したようです。結局出版された漫画には、前の二人の女性しか描かれていません。

メリーランド大学のクラス訪問 (HIST 483) [Spring 2017]

2017年2月28日、メリーランド大学のC.R. リリー教授(歴史学部)が受け持つ「Modern Japan」クラス (HIST483)の学生たちが授業の一環としてプランゲ文庫を訪問しました。このクラスは明治維新から現代までの日本史を学ぶクラスです。 まずプランゲ文庫室長が、検閲の基礎骨組みとなったプレスコードを詳しくたどりながら民間検閲局(CCD)による検閲のプロセスを説明し、どのような出版指標が日本の出版社に与えられたのかを説明しました。そしてCCDが「タブー」として特に注目していた話題の例を挙げ、具体的な資料を見せました。ここで取り上げた「タブー」の話題とは、「検閲の事実を知らせるもの」、「原子爆弾」そして「軍事的宣伝」の3点です。 次に当文庫マネージャーが、日本国憲法についてのプレゼンテーションを行いました。プランゲ文庫は、SCAPの民生局次長として日本国憲法制定に大きく関わったチャールズ・ケーディスの個人所蔵文書(Charles L. Kades Papers)を所蔵しています。また同じく憲法構築に大きく関わったベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon)のインタビューも、マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズの一部として所蔵しています。

1947年9月18日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、9月18日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年9月18日新聞之新聞が、キャスリン台風が関東地域一帯にもたらした被害に関する記事を民間検閲局(CCD)に提出し、削除(Delete)処分を受けました。(Prange Call No. 47-loc-0841) この記事は被害状況だけではなく各新聞社の報道の仕方にも言及し、朝日新聞が「GHQ側より特別の便宜を與えて貰つたのか」、特に写真を使った記事では「朝日の獨占」になった、と批判しています。下線部が削除処分を受けた箇所です。 左のCCD文書はクリックで拡大します。日本語ゲラは当文庫館内及び国立国会図書館館内限定での公開となります。

1947年8月23日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、8月23日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年8月23日第一新聞が、終戦後の東京でアヘン密売が広がり、アヘン中毒者が激増しているとの記事を民間検閲局(CCD)に提出し、発禁(Suppress)処分を受けました。 日本語ゲラは「終戰後のドサクサにまぎれて國内にバラマかれたバク大なアヘンで都内だけでも四万人のモヒ中毒者を生んでいる」との一文で始まります。調査班のレポートとして、密輸及び密売所の現状、アヘン価格などを詳しく述べています。記事によると、都庁は今後予算百万円を計上、密売船やアヘン賭博場の捜査・取締りを強化し、「文化東京を侵蝕するアヘンルートの根を斷つことになった」とのことです。 下記のCCD文書はクリックで拡大し、更に個々の画像右下の「view full size」をクリックすると更に拡大します。日本語ゲラは当文庫館内及び国立国会図書館館内限定での公開となります。

1947年7月18日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、7月18日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年7月18日に時事新報が民間検閲局(CCD)に提出した社説は、一部削除(Delete)処分を受けました。(Prange Call No. 47-loc-0405) 「懷中物用心」と題されたこの社説は、内務省が推奨する「防犯運動」の一環としてスリ検挙に協力を求めると共に、スリ被害が急増していることについて読者に注意を呼びかけています。また最近のスリには新米の青少年が多いことに触れています。「青少年の犯罪激増は、戦後社会に於ける世界共通の現象で、それが敗戦國に於て特に顕著なことにも例外はない」との前置きの後、なぜ昨今の日本では青少年がスリに手を染めるのかを論じています。削除処分となった箇所を一部引用します。 「勿論、戦争による生活困窮と道義的堕落の影響であるが、特に我國の場合は、國民的な誇りを失ったことと、昔から我國の青少年を愛護し監督してきた家庭が、現実に壊滅したり又著しく権威を失ったことが、特に作用しているであろう・・・・(後略)」 日本語ゲラのデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。