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Prange Staff Pick from the Exhibition – ベーシン・フォトグラフ

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。シリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 今回の展示では、寄贈資料ベーシン・フォトグラフの一写真をメインポスターイメージに採用しました。写真に写っているのは、ジュリウス(ジュールズ)・ベーシン氏の息子N. ジェイ・ベーシン氏と、ベーシン家が日本に滞在していた際にメイドとして働いていたシズコ氏です。こちらの写真以外にもベーシン・フォトグラフには彼らの家族写真がたくさん含まれています。 これらの写真が撮影されたのは戦後すぐであり、辛い戦争の記憶は日本人・アメリカ人共に生々しく残っていたと考えられます。しかしこれらの家族写真は、戦争中には存在したであろう互いへの憎悪の感情を感じさせません。撮影者はジュリウス・ベイシン氏と思われますが、撮影されているシズコ氏は非常にリラックスした表情で写っており、そこにはベイシン氏とシズコ氏の信頼関係も見えてくるように思いました。また幼児であったジェイ氏の屈託のない笑顔からは、彼がシズコ氏をまるで家族の一員のように捉えて懐いていることが見て取れます。激しい戦争を経て国家レベルでは勝者と敗者が明らかな占領期という時代であっても、人と人の個人レベルの繋がりは確実に形成されていたのではないかなと当時に想いを馳せました。 この展示でテーマの一つであった占領期のアメリカ人と日本人の関係を考える上で、このベーシン・フォトグラフはとても印象に残りました。ベーシン・フォトグラフは全てデジタル化を終了しており、当大学図書館のデジタルコレクションにてご覧いただけます。 ******************************************************************** プランゲ文庫コーディネーター ジェンキンス加奈 Advertisements

展示資料紹介:「Ernie Pyle Theatre」

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。今月から月に一度、ピックアップした展示資料の紹介を行います。展示資料シリーズはこちらからまとめてご覧頂けます。 「展示資料特集シリーズ」の六つ目は、アーニー・パイル・シアター(Ernie Pyle Theatre)の日本人職員が発行していたニュースレター 「Ernie Pyle Theatre」(Prange Call No. E154)を取り上げます。 プランゲ文庫は計5号分の「Ernie Pyle Theatre」を所蔵しています(1948年9月号~1949年5月号まで)。このニュースレターの発行部数は400から500部と少ないですが、そこで働く日本人の下関係者にいきわたるには十分だったと考えられます。アーニー・パイル・シアターへは、日本人観客の入場は禁止されていましたが、裏舞台では数百人の日本人がパフォーマーやタイピスト、ボイラー室勤務、エレベーターオペレーターなどの職に就いていました。このニュースレターには冠婚葬祭のお知らせをはじめとし、作文や進駐軍が使うスラングの説明、映画評論、俳句などが記載されています。 1948年10月号をオンライン展示にて全文公開しております。

展示資料紹介:「女の職業學校訪問」

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。今月から月に一度、ピックアップした展示資料の紹介を行います。展示資料シリーズはこちらからまとめてご覧頂けます。 「展示資料特集シリーズ」の四つ目は、1947年12月に雑誌「女性ライフ」に掲載された「女の職業學校訪問」(Prange Call No. J318)を取り上げます。この記事はタイピストや栄養士といった、女性に人気の職業の各専門学校を写真をふんだんに使って紹介しています。展示では「進駐軍メイド養成所」のページを展示しています。 進駐軍メイド養成所の説明文には次のように書かれています。 「だから日本の女性はこんなにもよく働き、こんなにも忠実だつたのかと言われるように、この人たちが働くことに依て、米國人の日本人を見る目が新しく開けるかも知れない」 「日本の外交を家庭の仕事の中から初めてもらいたい」(養成所の教師の言葉) 「彼女たちは身近かに米人の生活を観察する実に良い機会を持つた訳だ。その生活の中から、将来の日本の主婦としての新しい収穫が彼女等にもたらされることであろう。」

Prange Staff Pick from the Exhibition – ブロンディ

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。新しいシリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 1930年から連載された新聞漫画「ブロンディ」はブロンディとダグウッド夫婦、子ども達、ペット、そして隣人達がミズーリ州ジョプリンで繰り広げる日常を描いています。「ブロンディ」は日本でも人気となり、1946年から週刊朝日で連載が始まり1949年1月からは朝日新聞に掲載されました。 今回の展示では、当時多くの日本国民が持っていたアメリカの生活への憧れを象徴するものとして「ブロンディ」とそれに関する次の記事を取り上げました。 「暮らしの手帖」に掲載された「アメリカの暮しと日本の暮し」(Prange Call No. K1992)著者の坂西志保氏は、1942年6月にアメリカから日本へ強制送還されるまではワシントンDCの米国議会図書館に勤めていました。この記事で坂西氏は自身が経験したアメリカでの生活を漫画「ブロンディ」を使って分析しています。坂西氏にとって「ブロンディ」は、典型的なアメリカの中流階級の生活を描いているように思われました。アメリカではごく一般的に繰り広げられる場面の数々が、日本人にとっては非常に魅力的で理想的な生活である、と坂西氏は述べています。坂西氏は文中で次のように述べています。 “家族四人、犬三疋【匹】、女中がいないので家事に追はれ、疲れてヘトヘトになるというブロンデーにしても、ラヂオ、電気冷蔵庫、暖房電話から始まつて、台所にはガスの料理用ストーブ、コーヒー、トーストをつくる電気器具がそろつている。電気洗濯機、掃除機、二十四時間熱湯が出て、私たちからいつたら百万長者のような生活をしている。” プランゲ文庫は、ブロンディの漫画を本の形態にして出版したもの2冊(下記画像をクリック)及び、週刊朝日と朝日新聞も所蔵しています。 ******************************************************************** プランゲ文庫マネージャー エイミー・ワッサストロム

展示資料紹介:「水耕技術と日本農業」

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。今月から月に一度、ピックアップした展示資料の紹介を行います。展示資料シリーズはこちらからまとめてご覧頂けます。 「展示資料特集シリーズ」の三つ目は、1947年4月に雑誌「科学世界」(第22巻第4号4月号 – Prange Call No. K70)に掲載された「水耕技術と日本農業」を取り上げます。 「水耕技術と日本農業」は、ハイドロポニック農業プロジェクトの技術顧問を務めた田中長三郎氏による記事です。記事の中で田中氏は、ハイドロポニック農業の導入によって日本農業に及ぼされる影響を分析し、このプロジェクトに対する進駐軍の期待と情熱を称えました。ハイドロポニック農業の意義として、田中氏は次のように述べています。 「必要は発明の母である、とはよく言われることであるが、この水耕農業すなわち水農の場合も全くその通りである。米軍がアフリカに進駐するに及んで、中間の飛行基地として選ばれたのが天涯の孤島アツセンジョン島である。この基地の空軍に供給するヴィタミンC給源たる蔬菜は、到底飛行機や船舶では運びきれない。といつて珊瑚嶼だから野菜を植えるべき土壌がない。これで思いついたのがこの石ころ栽培である。(中略)日本に米軍が進駐してきて同じく困つたのが、新鮮蔬菜である。これは別の意味からきている。日本には立派な耕土がある。しかしその耕土は、食糧に困りぬいている日本人のための生産に使うべきであつて、1粒の麥1片のトマトと雖も米軍が譲りうけてはならぬ。これはマッカーサー元帥の厳達である。第二に日本の土は寄生虫や伝染病菌の巣窟である。めつたに生野菜などを食して感染してはならぬ。これが元帥の兵員に対する心づかいである。その結果生まれたのが調布飛行場のハイドロポニック・ファームであった。」 記事全文はオンライン展示にてご覧ください。

Crossing the Divide オープニングレセプション

2018年10月19日、特別展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」のオープニングレセプションにお越しくださった皆様、ありがとうございました。レセプションの様子は、こちらのFlickr アルバムでご覧ください。

オンライン展示

現在ホーンベイク図書館にて開催中の特別展示“Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952” のオンライン展示を公開しました。展示ケース内の資料はもちろん、スペースの関係上展示ケースに入れることができなかった資料もご覧いただけます。感想、ご意見お待ちしております。