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1948年7月20日: 国民の祝日に関する法律、公布・施行

71年前の今日1948年7月20日、国民の祝日に関する法律が公布、施行されました。この法律の施行により、それまでの祝日が廃止されたり改称されたりしました。例としては11月3日の文化の日や11月23日の勤労感謝の日などが挙げられます。 「法律のひろば」(Prange Call No. H768)という雑誌に1949年1月に掲載された「新しい祝日」という記事は、法律の全文を紹介し、各祝日の詳しい解説を提供しています。著者は最後に次のように締めくくります: “要するに憲法記念日を置き、文化の日や勤労感謝の日を設け、成人の日やこどもの日までも祝日と定めたこの法律が、終戦後ともすれば萎靡沈滞しがちな同胞諸君に対して、祖國再建のために伸びゆく喜びと祝いを與え、明朗闊達な気分を喚起するよすがともなれば、まことに幸せであると言わなければならない。” 一方1948年8月1日に「佛教思潮」(Prange Call No. B215)に掲載された「國民の祝日の制定」という記事は、新しい祝日には宗教的な意味合いを持つ祝日は含まれていない事に言及しています。当初クリスマスを国際親善日とする案もあったが、そうすると花まつりも取り入れるべきだという議論がおこったと述べています。最終的には「國定の祝祭日中に宗教的な行事を入れることの不当を論ずる意見もあって、宗教行事はすべて除外されることになった」そうです。  

1936年6月30日: 小説「風と共に去りぬ」出版

1936年の今日6月30日、マーガレット・ミッチェル作の「風と共に去りぬ/Gone with the Wind」が出版されました。「風と共に去りぬ」はすぐベストセラーとなり、1939年12月には映画も公開されました。これを記念して当文庫が所蔵する「風と共に去りぬ」関連資料を2点紹介します。 まずは雑誌「アメリカ百科」(Prange Call No. A224)に1946年10月に掲載された「ミッチェル素描 風と共に去りぬ」です。著者の富田二郎氏はマーガレット・ミッチェルについて「いま活躍してゐる女流作家のうち、最も若く、そして最もアメリカのフロンティアの精神を生々しく描き出した人の一人」と称賛しています。作品の概要の後、富田氏はミッチェルの次の大作を待つ、と締めくくっています。 また「新椿」(Prange Call No. N461) 1947年の9月号及び12月号は、映画「風と共に去りぬ」の数場面をイラストとナレーションで紹介しています。

1948年6月10日

1948年6月10日、サンニュースが「ブラジルから慰問品到着 日本の戦災孤児へ」と題された写真記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. S127) 記事によると、ブラジル在留邦人の組織、日本戦災同胞救援会が慰問品65箱を日本赤十字社宛に送ったとのことです。慰問品は全て子ども向けで、タオルや鉛筆等が入っていました。

1947年5月14日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日5月14日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年5月14日、共同通信が「久しぶりに楽しむ豪華ファッション・ショウ」と題した記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 47-loc-0152) この記事は検閲を通過した(Pass)とみられます。 記事によると、民間情報教育局(Civil Information and Education Section – CI&E)のギャディス氏自宅にて、YMCAがスポンサーとなってファッションショーが開催されました。GHQ将校の家族がモデルとして参加し、ギャディス夫人が説明を担当しました。ショーではアフターヌーンドレス、イヴニングドレス、水着等が紹介されたとのことです。 日本語手書き原稿のデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1947年10月20日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、10月20日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年10月20日サンニュース・フォトスが「なぜに咲いたか九段の櫻」と題した記事と写真を民間検閲局(CCD)に提出しましたが、一部Delete(削除)処分を受けました。(Prange Call No. 47–loc-1279) 記事によると、靖国神社境内の一本の桜が10月20日の朝にちらほらと花を付け始めたとあります。記事は神社を訪れていた復員兵がそれをじっと見つめている様子を書きますが、最後の文がDelete処分を受けています。抜粋します。「… 冬も差し迫っている東京の空に狂い咲く一枝の桜と復員兵、変転きわまりない近ごろの世相の縮図ともいえようか」 残念ながら写真がCCDの文書裏に張り付いており(下記画像参照)、どのような写真であったのかを見ることが見ることができません。日本語記事のデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

オーラル・ヒストリー特集: ウィリアム・キネス・ブンス氏(William Kenneth Bunce)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをオーラル・ヒストリー特集としてひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で29件のインタビューは筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源はプランゲ文庫館内にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。 本日8月31日はウィリアム・キネス・バンス氏(William Kenneth Bunce)の誕生日です。 メリーランド大学歴史学部のマーリン・メイヨー教授は1980年3月18日、 “Oral Histories with Americans Who Served in Allied Occupied Japan” プロジェクトにてバンス氏(8/31/1907 – 7/23/2008)のインタビューを行ないました。 バンス氏は1943年米海軍予備部隊に入隊、その後コロンビア大学において国際管理の修士課程を修了します。占領期にはSCAPの宗教文化資源課長(Chief of the Religious and Cultural Resources Division)を勤め、日本における文化的・宗教的・社会的・学術的機関の非軍事化に関わりました。バンス氏は1945年、国家神道を廃止する「神道指令」を書いた人物としても知られています。占領期後は在日米国大使館に勤務し、その後1971年の退職までは米政府関連職に就きました。 また国立国会図書館では、トルーマン大統領図書館ににてマイクロフィルム撮影で収集した「ウィリアム・ケネス・バンス文書」が利用に供されています。 マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのページで、このインタビューの筆記録をダウンロードできます。

8月9日 – 長崎日日記事(8/8/1948)

「アトム街に花一輪 – あす原爆3周年」と題されたこの記事は、1948年8月8日に長崎日日(Call No. NN0096)に掲載されました。一部抜粋します。 “アトムの街浦上に三度めぐり来た夏はまた感慨深い、アンゼラスの鐘の下咲き乱れる名無草をかき分けて花摘む乙女らの胸には亡き友の追憶がこみ上げてくる、在りし日、この丘に腰を下し、そつと肩に手を置きながら共に歌つた懐しい思い出、それも二度とは還らない……”