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1948年8月1日

1948年8月1日、サンニュースが「働く婦人の会第一日」と題した写真記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. S212) 写真右に背を向けて写っているのは労働省婦人少年局初代局長の山川菊栄氏です。この写真は、労働省主催の「働く婦人の中央大会」の第一日目に撮影されたものです。この会は「働く婦人の福祉増進運動」の一環として企画されました。

1948年6月21日

1948年6月21日、サンニュースが「輸出品の品評會 外國婦人の人気打診」と題された写真記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. S165) 写真に付属している記事には「輸出品はまず外国婦人の人気から。。」とあり、この品評会は在日外国人婦人をターゲットにして企画されました。 東京商工会議所で開催されたこの品評会には多数の外国人婦人が参加し、その中にはノースウエスト東京支店長夫人やニューヨーク・タイムス東京支店長夫人もいたとのことです。

1948年5月9日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1948年の今日5月9日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1948年5月9日、貿易日報が「邦人漁夫を迎へて:優秀な技術が買わる」と題した記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 48-loc-1157) また毎日新聞も同内容の記事を「招かれる日本漁夫 シャムカら技術員に」と題して提出しています。(Prange Call No. 48-loc-1157a) これらの記事は一度保留(Hold)となりましたが、その後検閲を通過(Pass)しました。 貿易日報の記事によると、「南方地方には戦前・戦中沖縄人漁夫を中心とする邦人漁夫が多数進出しその技術はあまねくみとめられて」いたとのことです。彼らの技術と経験を見込んだシャム政府から、彼らを「技術員」として招へいしたいとの要請が馬来貿易協会に入り、協会関係者は非常にうれしく思っていると伝えています。 貿易日報及び毎日新聞記事の日本語棒ゲラは、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1948年1月18日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1948年の今日1月18日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1948年1月18日、共同通信が「火のような日本故国への情愛 : ハワイ日系市民の世論調査」と題した記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 48-loc-0243) この記事は一部、Delete(削除)処分を受けました。 記事は「ハワイ三十六万の日系市民が日本に寄せる期待や関心は想像以上に大きい」という一文から始まります。1947年末にハワイ・タイムス新年号がハワイ在住の日系市民110名に対して行った世論調査にて「1947年の一番明朗なニュースは何か」と質問した際、43名が日米貿易再開を挙げたとのことです。 世論調査についての検閲処分はありませんが、「(ハワイ在住の日系人は)いずれも故国日本に強い情愛をみせている」という最後の一文と、記事タイトルから「火のような日本故国への情愛」という一文が削除処分を受けたことが見てとれます。 日本語の棒ゲラのデジタル画像全文は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1948年11月3日 文化の日

1948年7月に公布・施行された国民の祝日に関する法律により、1946年に日本国憲法が公布された11月3日は文化の日と定められました。 1948年11月3日付の日刊寫眞通信の写真には、初めての文化の日を祝う子どもたちが写っています。(Prange Call No. J011)  

1948年7月20日: 国民の祝日に関する法律、公布・施行

71年前の今日1948年7月20日、国民の祝日に関する法律が公布、施行されました。この法律の施行により、それまでの祝日が廃止されたり改称されたりしました。例としては11月3日の文化の日や11月23日の勤労感謝の日などが挙げられます。 「法律のひろば」(Prange Call No. H768)という雑誌に1949年1月に掲載された「新しい祝日」という記事は、法律の全文を紹介し、各祝日の詳しい解説を提供しています。著者は最後に次のように締めくくります: “要するに憲法記念日を置き、文化の日や勤労感謝の日を設け、成人の日やこどもの日までも祝日と定めたこの法律が、終戦後ともすれば萎靡沈滞しがちな同胞諸君に対して、祖國再建のために伸びゆく喜びと祝いを與え、明朗闊達な気分を喚起するよすがともなれば、まことに幸せであると言わなければならない。” 一方1948年8月1日に「佛教思潮」(Prange Call No. B215)に掲載された「國民の祝日の制定」という記事は、新しい祝日には宗教的な意味合いを持つ祝日は含まれていない事に言及しています。当初クリスマスを国際親善日とする案もあったが、そうすると花まつりも取り入れるべきだという議論がおこったと述べています。最終的には「國定の祝祭日中に宗教的な行事を入れることの不当を論ずる意見もあって、宗教行事はすべて除外されることになった」そうです。  

1936年6月30日: 小説「風と共に去りぬ」出版

1936年の今日6月30日、マーガレット・ミッチェル作の「風と共に去りぬ/Gone with the Wind」が出版されました。「風と共に去りぬ」はすぐベストセラーとなり、1939年12月には映画も公開されました。これを記念して当文庫が所蔵する「風と共に去りぬ」関連資料を2点紹介します。 まずは雑誌「アメリカ百科」(Prange Call No. A224)に1946年10月に掲載された「ミッチェル素描 風と共に去りぬ」です。著者の富田二郎氏はマーガレット・ミッチェルについて「いま活躍してゐる女流作家のうち、最も若く、そして最もアメリカのフロンティアの精神を生々しく描き出した人の一人」と称賛しています。作品の概要の後、富田氏はミッチェルの次の大作を待つ、と締めくくっています。 また「新椿」(Prange Call No. N461) 1947年の9月号及び12月号は、映画「風と共に去りぬ」の数場面をイラストとナレーションで紹介しています。

1948年6月10日

1948年6月10日、サンニュースが「ブラジルから慰問品到着 日本の戦災孤児へ」と題された写真記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. S127) 記事によると、ブラジル在留邦人の組織、日本戦災同胞救援会が慰問品65箱を日本赤十字社宛に送ったとのことです。慰問品は全て子ども向けで、タオルや鉛筆等が入っていました。

1947年5月14日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日5月14日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年5月14日、共同通信が「久しぶりに楽しむ豪華ファッション・ショウ」と題した記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 47-loc-0152) この記事は検閲を通過した(Pass)とみられます。 記事によると、民間情報教育局(Civil Information and Education Section – CI&E)のギャディス氏自宅にて、YMCAがスポンサーとなってファッションショーが開催されました。GHQ将校の家族がモデルとして参加し、ギャディス夫人が説明を担当しました。ショーではアフターヌーンドレス、イヴニングドレス、水着等が紹介されたとのことです。 日本語手書き原稿のデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1947年10月20日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、10月20日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年10月20日サンニュース・フォトスが「なぜに咲いたか九段の櫻」と題した記事と写真を民間検閲局(CCD)に提出しましたが、一部Delete(削除)処分を受けました。(Prange Call No. 47–loc-1279) 記事によると、靖国神社境内の一本の桜が10月20日の朝にちらほらと花を付け始めたとあります。記事は神社を訪れていた復員兵がそれをじっと見つめている様子を書きますが、最後の文がDelete処分を受けています。抜粋します。「… 冬も差し迫っている東京の空に狂い咲く一枝の桜と復員兵、変転きわまりない近ごろの世相の縮図ともいえようか」 残念ながら写真がCCDの文書裏に張り付いており(下記画像参照)、どのような写真であったのかを見ることが見ることができません。日本語記事のデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。