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1947年7月5日: NHKラジオ番組「鐘の鳴る丘」放送開始

1947年の今日7月5日、NHKのラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の放送が開始されました。これを記念して当文庫が所蔵する「鐘の鳴る丘」関連資料を紹介します。 まずは雑誌「AOBA = あおば」に掲載された「NHK: 鐘の鳴る丘: スタジオ見学」(10/1/1948発行, 第3巻第10号 10月号, p. 58) (Prange Call No. A255) です。漫画で放送風景を描いています。効果音やオルガン担当者の位置や音の出し方なども描かれています。 2点目は児童雑誌の「あおば」とは違い、日本放送協会発行の専門雑誌「放送技術」(9/1/1948発行, 第1巻第6号 9月号, pp.26-28) (Prange Call No. H797) です。こちらも内容的には「あおば」と同じで、放送スタジオの様子を写真とイラストで紹介しています。効果音や音楽の指示が入った台本も一部公開しています。 最後は、劇と共に非常に人気を博した主題歌「とんがり帽子」の譜面です。音楽雑誌「軽音楽と映画」(4/1/1948発行, 第3巻第4号4月号) (Prange Call No. K725) の裏表紙に掲載されました。 Advertisements

1948年6月17日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1948年の今日6月17日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1948年6月17日読売新聞は、貿易庁が米国フォード社との間に1949年型フォード新車の輸入契約を結んだと報道する記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 48-loc-2314) 記事によると、1948年の7月頃からフォード社の日本指定販売店であるエムパイヤ自動車会社が請け負って輸入を開始する予定とのことです。また、この新型車の日本における販売価格は二千ドルを多少上回る予定とあります。検閲処分の理由は明確ではありませんが、この記事はSuppress(発禁)処分を受けました。 日本語の棒ゲラのデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1947年5月22日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日5月22日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年5月22日、朝鮮新聞が「建青の使命」と題された記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 47-loc-0215) 日本語の手書き原稿によるとこの記事は「朝鮮建国促進青年同盟」のメンバーによって書かれたもので、「平和と自由の朝鮮建設のため」「我等は之を身を以て実践し得るばかりでなく、同胞を指導し得る実力ある朝鮮青年とならう」と読者に呼び掛けています。日本語手書き原稿およびCCDの残した英文文書によると、この記事の「序論」、「建青建国運動の基本方針(目標の確定)」、「目的達成への方途」の3章で数か所Delete(削除)処分を受けたようです。 日本語の手書き原稿のデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

5月15日: 市川房枝(1893-1981)誕生日

今日5月15日は、市川房枝(1893-1981)氏の誕生日です。これを記念して当文庫が所蔵する市川房枝の著作「新しき政治と婦人の課題」( 東京 : 印刷局, 昭和21 [1946]) [Prange Call No. HQ-0400]を紹介します。 本書は、公民叢書シリーズとして社会教育連合会が編纂した全40ページの小冊子です。本文前に掲載されている略歴によると市川房枝氏は、第二次世界大戦前から婦人運動に深く関わり、1946年時点では新日本婦人同盟会長として活躍している、とのことです。 「新しい政治と婦人の課題」で市川氏は、婦人参政権を中心として戦後女性が政治において担う役割についてわかりやすい言葉で説明しています。日本における婦選運動をはじめとし、日本婦人の地位、そしてその問題点にも触れています。最後には、自身が会長を務める新日本婦人同盟の目標を掲載しています。

1947年11月1日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日11月1日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年11月1日、日本経済新聞が、岡山県・広島県・香川県・徳島県一帯ではサトウキビを栽培が盛んになっていると報じる記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。(Prange Call No. 47-loc-1520) 記事によると、昨今は多くの農家が良田をつぶしてでも砂糖キビ畑を作ろうとする傾向がある、とのことです。これは供出に縛られる米麦よりも特に関西地方の闇市で売れる砂糖を栽培した方が儲かるだからだろう、と記事は推測しています。記事の半分以上が削除処分(Delete)を受けており、特に闇市での砂糖の取引額および該当四県の現在の砂糖キビ畑の数が厳しく削除されています。 日本語の棒ゲラ(「甘い汁を吸いたがる農家 良田もつぶしてふえる砂糖きびの栽培」)のデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1947年9月25日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、9月25日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。 1947年9月25日世界日報、時事新報、共同通信、政治新聞、東京タイムズの各紙が、アメリカ煙草が家庭用に配給される予定との記事を民間検閲局(CCD)に提出しました。しかし全ての記事がSuppress処分を受けました。(Prange Call No. 47-loc-0998, 0998a, 0998b, 0998c, 0998d) 「アメリカ煙草を家庭用配給 従来の配給量は減る」と題された世界日報の記事は「進駐軍の好意により」キャメルなどの米国煙草が相当数放出され、配給値段が決定次第、一般家庭配給に廻す予定だと述べています。(Call No. 47-loc-0998) 時事新報の記事「アメリカタバコ近く店頭に 専売局長官言明」によると、これはかねてより交渉が進められているが実現の可能性が少なくなっている米国煙草の輸入とは別の案件とのことです。(Call No. 47-loc-0998a) この記事によると、政府としてはこれらを農村に放出するよりも、適当な値段で全国に売り出し、その利益を使って農村に必要な品物を配給したいと考えているとあります。ただし政治新聞の記事によると、この放出は「特に農民にとの司令部の好意」とのことなので、現時点では価格や販売方法などを検討中とのことです。(Call No. 47-loc-0998c) 下記は世界日報の記事と共に保管されていた文書です。日本語ゲラ・手書き原稿のデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

1948年8月6日

1948年の今日8月6日の中国新聞一面記事「世界に響け平和の鐘: NO MORE HIROSHIMAS」は、次の一文から始まります。 「廣島の空を覆つた原子雲が去り晴れるとき、廣島市民は悲しみと苦惱のドン底から平和への途が開かれることを願いもとめた、あれから満三年、きょう八月六日は世界の人たちが記念する平和デーとなつて暦のうえをかざる日となった」 記事はこの日広島県各地で慰霊祭が予定されている一方で平和祭典も催されることに触れ、これこそ「きょう平和祭のもつ深味」であり「廣島市民の心の幅の廣さでもある」と評価しています。 翌日8月7日の同紙は前日の平和式典の様子がわかる写真を、「平和きっと廣島から」の題字と共に一面に掲載しました。また、英連邦軍総司令官ロバートソン中将が式典で読み上げた、マッカーサー元帥からの伝言も掲載されています。 抜粋「マッカーサー元帥は廣島の市民諸君に心からなる御あいさつを送り、かつ諸君が復興を着々遂行されつつあることに對し祝意を表されました」   また8月6日の紙面にはこんな記事もありました。「あの日生れたただひとり : 街の人氣者ピカ子ちゃん」は、1945年8月6日、原子爆弾が落ちた後の広島市内で生まれた子どものうち、唯一元気に育っているという富田博子ちゃんの紹介です。ニックネームは「ピカ子ちゃん」で街の人気者。最近では在日英連邦軍の日刊新聞BCON紙(British Commonwealth Occupation News)の記者もインタビューにきたそうです。 全ての画像はクリックで拡大します。