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Prange Staff Pick from the Exhibition – Made in Occupied Japan

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。新しいシリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 日本では昔から「百聞は一見に如かず」と言います。読者の中には占領期について研究されている方も多く居られると思いますが、皆さんは実際に占領下日本の出版物や商品を目にした事がありますか? 戦後間もない昭和22年(1947年)2月20日にGHQは敗戦国日本に対して、日本からの輸出品には全て”Made in Occupied Japan”の印を付ける事を義務付けました。この政策は2年後の昭和24年(1949年)4月14日に廃止されましたが、中には”Made in Occupied Japan”の表記を占領が終わる昭和27年(1952年)4月まで続けた企業もありました。 Made in Occupied Japanの展示ケースは他の展示品とは異なり、違った角度から日本占領期について知る事が出来ます。今回の展示では主に検閲を受けた出版物を紹介していますが、こちらのケースでは商品とその裏に表記された”Made in Occupied Japan”を展示しています。この事から、占領軍の影響は出版業界に止まらず、工業界にも影響を及ぼしていた事が解ります。 更に、こちらの展示品では戦後間もない日本の経済復興についても垣間見る事が出来ます。太平洋戦争では連日の空爆によって、日本の工業は甚大な被害を受けました。しかし、戦争が終結すると日本における工業は復興の道を少しずつ歩み始めました。軽工業の復興によって日本経済は前進し、昭和25年(1950年)からは朝鮮戦争によって軽工業から重工業へと移り変わり、昭和40年代には世界に誇れる工業国家に進化していきました。 ******************************************************************** プランゲ文庫学生アルバイト 三浦徳祥 Advertisements

Prange Staff Pick from the Exhibition: Story Map (地理情報システム)

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。新しいシリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 今回の展示では新しい試みの一つとして、Story Mapと呼ばれるGIS(地理情報システム)を使ったデジタル展示を取り入れました。Story Mapを使うと、基となる地図にテキストや画像を組み合わせ、様々な資料を使ったヴァーチャルツアーを作成することができます。 この展示のStory Mapである“Life of U.S. Military Families in Tokyo”では、占領期東京における進駐軍兵士や民間人の生活空間を通して垣間見える彼らの日常生活を描いています。日本の敗戦に伴って多数の米兵とその家族が東京に駐在することとなったため、SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)は、住宅や学校その他日常生活に必要な施設をすべてとりそろえた『リトル・アメリカ』を建設しました。日本人の立ち入りは原則として禁止されていましたが、廃墟となった東京でアメリカ式の贅沢なライフスタイルを作り上げるためには日本人の労働力が不可欠でした。進駐軍とその家族に快適な生活空間と行き届いたサービスを提供するため、専門家から肉体労働者に至るまで、多くの日本人がアメリカ人の上司や同僚たちとともに様々な仕事に携わることとなりました。 当展示は日本占領期を進駐軍兵士および民間人と日本人との出会いの歴史であるととらえ、戦後日本の再建をアメリカ人と日本人の交流という視点から描きだしています。双方の交流に焦点をあてることで、展示のテーマにアメリカという要素を取り入れ、プランゲ文庫の資料が日本専門の研究者だけではなく地元の人たちにも利用してもらえる可能性を提示しています。展示の創作過程にご興味のある方は、“Making a Case for Local Relevance: Strategic Exhibition Planning for the Gordon W. Prange Collection.”をご参照ください。 ******************************************************************** プランゲ文庫室長 巽 由佳子

Prange Staff Pick from the Exhibition – 新しい女中(メイド)さん學

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。シリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 昭和24年4月発行の「婦人画報」には、当時グラント・ハイツの日本人管理事務所労働部長であった川名完次氏が当時のメイドたちのあるべき姿を綴った「新しい女中(メイド)さん學」(Prange Call No. F62) が掲載されています。 戦後の日本では米軍家庭で家事手伝いをするメイドという職業が人気になり、以前から日本の家庭で雇用されていた女中やお手伝いさんなどとはランクの差があったことが、この婦人画報の記事を一例とする当時の様々な雑誌記事記事から伺えます。川名氏によると、家庭を持つと誰でも一人は雇うのが常識であった女中に対し、メイドになるには教養のある女性が好まれ、よく働くだけでなく容姿端麗でカンが冴えていることも大事な査定のポイントでした。 川名氏が取材したある米国婦人は、家庭のやり方をメイドたちに詳しく教えなければいけないこと、また新しい家で何かを申し付けられたとき、メイドたちはどういう風に仕事をこなせばいいのか聞いてから動かなければいけないことを強調しています。これに対し川名氏は、 “こうなると日本の女中式に、なんでもクルクル動いてさえいれば能率があがるというのとは、だいぶん趣きが違つてくる。” と述べています。メイドの雇用過程だけでなく、仕事内容やメイド一人ひとりに求められていること、更にはメイドに対する扱いまでもがそれまでの女中に比べると別次元だったようです。 ******************************************************************** プランゲ文庫学生アルバイト 丹治里彩

Prange Staff Pick from the Exhibition – ベーシン・フォトグラフ

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。シリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 今回の展示では、寄贈資料ベーシン・フォトグラフの一写真をメインポスターイメージに採用しました。写真に写っているのは、ジュリウス(ジュールズ)・ベーシン氏の息子N. ジェイ・ベーシン氏と、ベーシン家が日本に滞在していた際にメイドとして働いていたシズコ氏です。こちらの写真以外にもベーシン・フォトグラフには彼らの家族写真がたくさん含まれています。 これらの写真が撮影されたのは戦後すぐであり、辛い戦争の記憶は日本人・アメリカ人共に生々しく残っていたと考えられます。しかしこれらの家族写真は、戦争中には存在したであろう互いへの憎悪の感情を感じさせません。撮影者はジュリウス・ベイシン氏と思われますが、撮影されているシズコ氏は非常にリラックスした表情で写っており、そこにはベイシン氏とシズコ氏の信頼関係も見えてくるように思いました。また幼児であったジェイ氏の屈託のない笑顔からは、彼がシズコ氏をまるで家族の一員のように捉えて懐いていることが見て取れます。激しい戦争を経て国家レベルでは勝者と敗者が明らかな占領期という時代であっても、人と人の個人レベルの繋がりは確実に形成されていたのではないかなと当時に想いを馳せました。 この展示でテーマの一つであった占領期のアメリカ人と日本人の関係を考える上で、このベーシン・フォトグラフはとても印象に残りました。ベーシン・フォトグラフは全てデジタル化を終了しており、当大学図書館のデジタルコレクションにてご覧いただけます。 ******************************************************************** プランゲ文庫コーディネーター ジェンキンス加奈

Prange Staff Pick from the Exhibition – ブロンディ

2018年10月中旬より当メリーランド大学ホーンベイク図書館Maryland Room Galleryにて、プランゲ文庫の展示「Crossing the Divide: An American Dream Made in Occupied Japan, 1945-1952」を開催します。開催期間は2018年10月~2019年7月です。新しいシリーズ「Prange Staff Pick from the Exhibition」では、プランゲ文庫職員が特に気に入っている資料を詳しく紹介します。 1930年から連載された新聞漫画「ブロンディ」はブロンディとダグウッド夫婦、子ども達、ペット、そして隣人達がミズーリ州ジョプリンで繰り広げる日常を描いています。「ブロンディ」は日本でも人気となり、1946年から週刊朝日で連載が始まり1949年1月からは朝日新聞に掲載されました。 今回の展示では、当時多くの日本国民が持っていたアメリカの生活への憧れを象徴するものとして「ブロンディ」とそれに関する次の記事を取り上げました。 「暮らしの手帖」に掲載された「アメリカの暮しと日本の暮し」(Prange Call No. K1992)著者の坂西志保氏は、1942年6月にアメリカから日本へ強制送還されるまではワシントンDCの米国議会図書館に勤めていました。この記事で坂西氏は自身が経験したアメリカでの生活を漫画「ブロンディ」を使って分析しています。坂西氏にとって「ブロンディ」は、典型的なアメリカの中流階級の生活を描いているように思われました。アメリカではごく一般的に繰り広げられる場面の数々が、日本人にとっては非常に魅力的で理想的な生活である、と坂西氏は述べています。坂西氏は文中で次のように述べています。 “家族四人、犬三疋【匹】、女中がいないので家事に追はれ、疲れてヘトヘトになるというブロンデーにしても、ラヂオ、電気冷蔵庫、暖房電話から始まつて、台所にはガスの料理用ストーブ、コーヒー、トーストをつくる電気器具がそろつている。電気洗濯機、掃除機、二十四時間熱湯が出て、私たちからいつたら百万長者のような生活をしている。” プランゲ文庫は、ブロンディの漫画を本の形態にして出版したもの2冊(下記画像をクリック)及び、週刊朝日と朝日新聞も所蔵しています。 ******************************************************************** プランゲ文庫マネージャー エイミー・ワッサストロム