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プランゲ文庫資料の閲覧場所が変わります

2017年8月28日より、プランゲ文庫の所蔵資料はホーンベイク図書館北館1階のメリーランドルーム(Maryland Room)にてご利用いただけるようになります。

ご質問があればこちらからお問い合わせください。

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1947年8月13日 石川達三「望みなきに非ず」

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1947年の今日、8月13日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。

1947年8月13日読売新聞が、石川達三の「望みなきに非ず」の一部を民間検閲局(CCD)に提出し一部削除(Delete)処分を受けました。(Prange Call No. 47-loc-0575) 日本語ゲラから、Delete処分になった箇所を抜粋します。

「昔の強盗は生活苦でやつた。今の強盗は主義主張でやるらしい。」

「わたしアメリカの進駐軍を見るたびに考えるんですよ。羨しいほどつやつやして若々しくて大股にどしどし歩いてるでしよう。やつぱり食べ物が良いのよ。」

下記の画像はCCDが残した文書です。

日本語ゲラのデジタル画像は当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

石川達三と検閲に関しては、2015年に岩波書店から出版された「戦争と検閲:石川達三を読み直す」(河原理子著)が詳しいです。以前にブログで紹介しましたのであわせてご覧ください。

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長崎日日

Censored Newspaper Articles(CNA)は、新聞記事の棒ゲラや民間検閲局(CCD)によって書かれた文書がまとめて残されているケースが多いです。しかしCCD文書だけが残されており、実際の新聞記事は出版されたものを照会しないと記事内容がはっきりとはわからないものもありました。今日紹介する「長崎日日」の記事もその一例です。(Call No. 48-dis-0332)

左の文書は、長崎日日の記事(1948年7月31日付、九州版)が「Reference to Censorship」のために「disapproved」処分を受けた事を示すCCD文書です。「The outline of Atomic Diseases by Prof. Takashi NAGAI will be published by the SHOWA-SYOBO Bookstore as a nbook of 250 pages as soon as it passes censorship.」の下線部が検閲に引っかかりました。

さて実際の新聞記事がこちらには同封されてなかったので、新聞コレクションの「長崎日日」同日紙を当たってみました。該当記事は「著作に没頭の永井氏 – 寸暇をさいて式場氏見舞いに」という記事でした。著作の清書に病床から取り組む永井隆氏の自宅に、式場隆三郎が見舞いにやってきたという内容です。最終段落は「なお目下清書しつつある”原子病概論”は八月九日までに式場氏の下に送付され、検閲許可あり次第昭和書房から二百五十頁の單行本として公にされる豫定」とあり、CCD文書にある通り「検閲許可有り次第」という箇所に赤字でチェックが入っています。

ここでCNAのCCD文書に戻ってみると、検閲処分を記した箇所に「Post-censored」(事後検閲)と書かれています。全面印刷されたものがある事(左は同紙の一面部分)からも、既に発行された後にこの記事についてCCDから注意が入った、と考えられます。ただし一刷目で検閲処分となり、その後別刷や別版で記事文章を変更したかどうかは不明です。

全ての画像はクリックで拡大します。

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1948年8月6日

1948年の今日8月6日の中国新聞一面記事「世界に響け平和の鐘: NO MORE HIROSHIMAS」は、次の一文から始まります。

「廣島の空を覆つた原子雲が去り晴れるとき、廣島市民は悲しみと苦惱のドン底から平和への途が開かれることを願いもとめた、あれから満三年、きょう八月六日は世界の人たちが記念する平和デーとなつて暦のうえをかざる日となった」

記事はこの日広島県各地で慰霊祭が予定されている一方で平和祭典も催されることに触れ、これこそ「きょう平和祭のもつ深味」であり「廣島市民の心の幅の廣さでもある」と評価しています。

翌日8月7日の同紙は前日の平和式典の様子がわかる写真を、「平和きっと廣島から」の題字と共に一面に掲載しました。また、英連邦軍総司令官ロバートソン中将が式典で読み上げた、マッカーサー元帥からの伝言も掲載されています。

抜粋「マッカーサー元帥は廣島の市民諸君に心からなる御あいさつを送り、かつ諸君が復興を着々遂行されつつあることに對し祝意を表されました」

 

また8月6日の紙面にはこんな記事もありました。「あの日生れたただひとり : 街の人氣者ピカ子ちゃん」は、1945年8月6日、原子爆弾が落ちた後の広島市内で生まれた子どものうち、唯一元気に育っているという富田博子ちゃんの紹介です。ニックネームは「ピカ子ちゃん」で街の人気者。最近では在日英連邦軍の日刊新聞BCON紙(British Commonwealth Occupation News)の記者もインタビューにきたそうです。

全ての画像はクリックで拡大します。

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National Coloring Book Day (8月2日)

8月2日はNational Coloring Book Day/ぬり絵の日 (米国)です。プランゲ文庫の児童書コレクションにはぬり絵が多数所蔵されています。ぬり絵の絵柄にも占領期という時代を表す題材が多く取り上げられています。ジープの絵柄や英語学習とセットになっているものなどはその一例です。下記のぬり絵本は全てデジタル化されており、メリーランド大学図書館デジタルコレクション及び国立国会図書館デジタルコレクション(どちらも館内限定)にて閲覧頂けます。

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パンフレットを一新しました

プランゲ文庫の新しいパンフレットができました。画像は英語パンフレットですが、日本語パンフレットも近日中に出来上がる予定です。

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オーラル・ヒストリー特集: エレノア・ハドレイ氏(Eleanor Hadley)

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズに収められているインタビューをオーラル・ヒストリー特集としてひとつずつ詳しく紹介していきます。現時点で29件のインタビューは筆記録をオンライン上で公開しています。その他の筆記録および音源はプランゲ文庫館内にてご利用頂けます。これまでのオーラル・ヒストリー特集はこちらのページをご覧ください。

エレノア・ハドレイ(画像提供:マーリン・メイヨー教授)

7月17日はエレノア・ハドレイ(Eleanor Hadley)氏の誕生日です。

ハドレイ氏は1916年、ワシントン州シアトルで誕生しました。東京帝國大學に進学する奨学金を受けたハドレイ氏は、1936~40年の間に何度も中国や日本を訪問します。その後ハーバード大学の博士課程に在学中の1943年、経済専門家として国務省で働くオファーを受けました。占領期には連合国軍最高司令官総司令部(SCAP)の一員となり、財閥解体に深く関わりました。占領期終了後は、スミス・カレッジとジョージ・ワシントン大学の教授を務めました。

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズのページで、ハドレイ氏のインタビュー筆記録をダウンロードできます。