Leave a comment

1948年5月26日

Censored Newspaper Articles紹介の一環として、1948年の今日、5月26日に民間検閲局(CCD)へ提出された文書を紹介します。

Control no.:48-loc-1770|Newspaper:Kyodo Tsushin (118, Shimane)|Date:5/26/1948

Control no.:48-loc-1770|Newspaper:Kyodo Tsushin (118, Shimane)|Date:5/26/1948

1948年5月26日共同通信が、島根県の三瓶山近郊にて日本一、二を争う大きさのラジウム鉱泉が発見されたとの記事(日本語手書き原稿タイトル「すごいラジウム鉱泉発見」)を民間検閲局(CCD)に提出し、発禁(Suppress)処分を受けました。(Prange Call No. 48-loc-1770)

記事によると、広島にて被爆した患者がこの地で温泉に入ったところ傷が治り髪の毛も生えてきたという報告があったとのことです。これを受け岡山大学の教授が調査に乗り出し、この地におけるラジウム含有量が非常に高いことが判明したとあります。その後九州大学や京都大学の教授も調査に加わり、動物試験を経て効果が実証されたそうです。この記事が発禁処分になった理由は記されていません。

日本語手書き原稿のデジタル画像は、当文庫館内および国立国会図書館デジタルコレクションにて閲覧いただけます。

Leave a comment

寄贈資料の紹介: ジャスティン・ウィリアムス・ペーパー 追加資料

「Tokyo, fall of 1945: 東京一九四五年・秋」(東京 : 文化社, 昭和21 [1946])と、「Jeeper’s Japan」Frances Baker著(東京: Toppan, 1949)

ジャスティン・ウィリアムス・シニア(Justin Williams Sr.)は、1946年から1952年までSCAP民政局課長を務めました。ジャスティン・ウィリアムス・ペーパー(Justin Williams Sr. Papers)は、第二次世界大戦後の日本における議会、政治、そして憲法に関する変動を研究する上で欠かせない資料と言えます。

プランゲ文庫は2016年、ジャスティン・ウィリアムス・ジュニア氏(ジャスティン・ウィリアムス・シニア氏の息子)より、追加資料として図書や写真などを新たにご寄贈頂きました。その中から今日は「Tokyo, fall of 1945: 東京一九四五年・秋」(東京 : 文化社, 昭和21 [1946])と「Jeeper’s Japan」Frances Baker著(東京: Toppan, 1949)を紹介します。

Leave a comment

教育図書特集:「全國高等學校専門學校校歌・寮歌集 」

2015年8月より、当文庫は教育図書のデジタル化を開始しました。今後はデジタル化が終了した教育図書の中から興味深い資料をシリーズとして紹介していきます。シリーズ記事の一覧はこちらからご覧頂けます。

今回取り上げる「全國高等學校専門學校校歌・寮歌集 」[東京: 錦橋塾, 1946] は、受験時代編集部が出版した校歌・寮歌集です。(Call No. 430-0020)

戦前に作詞・作曲されたと思われる校歌の歌詞には天皇を神格化する言葉や戦争の正当性を匂わせる表現などを使ったものが少なくなく、これらは民間検閲局(Civil Censorship Detachment – CCD)の検閲官によってチェック(×印)が入ったようです。残念ながら表紙が紛失している模様で、発禁になったのかもしくは部分的に削除処分を受けたのかは不明です。(検閲処分の最終決定は主に表紙に書き込まれています)

松江高校寮歌の第三番にはCCDの検閲官によって×印が書き込まれています。歌詞を抜粋します。

大和島根の宮柱 建業古きいしづゑを 流れて淸し簸の川も 糜爛の榮華怒るごと 夕波さわぎ風荒れて 我凋落の影ふかし

北海道帝国大学豫科寮歌の第六番も×印がついています。

潮に暮るゝ西の空 月も凍らむシベリヤの 吾が皇軍を思ひては 猛けき心の躍らずや

この本には明治大学や同志社大学、関西大学といった有名校の校歌なども掲載されています。早稲田大学校歌の第二番にも一度×印が入れられた形跡があります。下記の画像をご覧ください。

Leave a comment

奥付の誤り

今学期プランゲ文庫で働いている学生が「佐賀平野に於ける稲作技術の三化螟蟲 對策史」(Call No. 99-10)という本の奥付に間違いを見つけました。よく見ると、発行が昭和二十四年二月三十日となってしまっています。左の画像をクリックで拡大します。

Leave a comment

メリーランドデー2017

2017年4月29日(土)、メリーランド大学カレッジパーク校で今年も「メリーランドデー」が開催されました。メリーランドデーは年に一度のオープンキャンパスイベントで、様々な学部や部署、学生グループなどが参加しています。プランゲ文庫のあるホーンベイク図書館北館4階では、中国・韓国・日本の文化を紹介するコーナーを毎年提供しており、今年も300人以上の来場者を迎えました。

習字コーナーはいつも人気で、今年は新しく見本も多く用意しました。また折り紙コーナーでは、兜・手裏剣・鶴の折り方を教え、子供連れの家族に人気を博しました。また昨年同様、巨大な兜を天井から吊り下げて来場者が写真を撮れるブースを設置しました。今年は韓国の伝統あそび、ユット・ノリ(Yut-Nori)とゴンギ・ノリ(Gonggi-Nori)の両方を提供しました。

また今年はCenter for East Asian Studies (CEAS)の代表者がテーブルを構え、CEASが毎年学部生に提供している証明書の説明を行い、今秋メリーランド大学に入学予定の学生などでにぎわいました。またCEASのディレクター、ミッシェル・メイソン教授が漫画について話す機会もありました。

当日の様子は下記の写真をご覧ください。ご来場頂いた皆様、ありがとうございました。また来年!

Leave a comment

1947年5月3日 憲法記念日 – 日本国憲法施行から70年をむかえて

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布され、翌年1947年(昭和22年)の今日、5月3日に施行されました。プランゲ文庫ブログでは「日本国憲法シリーズ」として、当文庫が所蔵する憲法関連資料を紹介を行なってきました。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。シリーズ最終回の今回は、日本国憲法制定に深く関わったチャールズ・ケーディスベアテ・シロタ・ゴードン紹介します。

チャールズ・L. ケーディス・ペーパー

CharlesKades

チャールズ・ケーディス – 日本国憲法の英語版と日本語版を持って

SCAPの民政局次長であったチャールズ・L・ケーディス(Charles L. Kades)は、1947年の日本国憲法制定にあたり憲法案を作成するなど、指導的な役割を担いました。

チャールズ・L・ケーディス・ペーパー(Charles L. Kades Papers)は二部に分かれています。第一部は松本烝治の明治憲法仮修正案(1946年1月4日)に始まり、アメリカ国務省発行日本国憲法最終草案(1947年5月3日施行)にいたるまでの各種修正草案(英語・日本語版)を含んでいます。下記は松本烝治の明治憲法仮修正案の最初の3ページ(英語・日本語版)です。

第二部は、メモ、委員会議事録、手紙、チェックシート、日本国憲法に関する宮内庁の見解などが含まれています。下記は一例です。

チャールズ・ケーディスベアテ・シロタ・ゴードン

マーリン・メイヨー・オーラル・ヒストリーズ にはチャールズ・ケーディスとベアテ・シロタ・ゴードンのインタビューが含まれます。ケーディスのインタビューは1979年10月11~12日に録音され、計8時間13分に亘るインタビューです。ベアテ・シロタ・ゴードンは第14条(法の下の平等)と第24条(男女平等)の執筆に関わりました。ゴードンのインタビューは1978年12月8日に録音され、こちらは2時間16分です。どちらのインタビューも彼らが日本国憲法の制定に従事した経験と、新しい日本国憲法が日本の民主化にもたらした影響について述べています。

インタビューの音声カセットテープはすべてデジタル化されており、プランゲ文庫館内にてご利用いただけます。

Leave a comment

日本国憲法シリーズ⑥: 1948年・1949年の新聞社説からみる日本国憲法

日本国憲法は1946年(昭和21年)11月3日に公布、翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行されました。今年2017年の5月3日で施行70年を迎えるにあたり、「日本国憲法シリーズ」として数週間にわたりプランゲ文庫が所蔵する憲法関連資料の紹介を行います。第六回目のテーマは「1948年・1949年の新聞社説からみる日本国憲法」です。こちらからシリーズの一覧をご覧いただけます。

今日は、1948年と1949年の5月3日に中国新聞と時事新報の二紙が日本国憲法について論述した社説を紹介します。

「新憲法實施一周年」と題された、中国新聞(Call No.NC0408)の1948年5月3日の社説は、新憲法実施一周年を軽々しく祝うだけではいけない、と警告します。特に「…わが国は未だ占領軍の管理下におかれ独立の民主國家として國際社会の一員となることを許されていない」ことなどをあげ、新憲法実施一周年は「当面せる國内の根本問題解決に対し異常な決意と勇氣を要請するもの」だと書いています。それでも最後には憲法は国民にとって「民主政治の方向」について学ぶ機会を与えたと評価しています。

同紙は1949年5月3日の社説でも同様の姿勢で、国民が憲法を正しく理解し運用することでこそ法の価値が生きてくる、と述べています。憲法の「精神が國民の日常生活の中に溶融することを希望する」ことが今必要とされていると読者に訴えています。

一方、時事新報(Call No. NH0088)が1948年5月3日に掲載した社説は憲法に対して好意的な見方を示しています。「新憲法一年の成績」と題された社説は下記のようにまとめており、今後の憲法に対して高い期待を寄せていることが見て取れます。社説最後部分を抜粋します。

今日は僅々一年の訓練を経たばかりである。この一年の訓練中には、大小幾多の失敗を演じたに相違ないと同時に、また幾多貴重なる反省自戒の機会をも與えられた。新憲法の下に、民主的な、平和的な、文化國民としての訓練の第二年目を、希望と自信を以て迎えているのである。

翌年1949年5月3日の社説「新憲法実施二年の成績」も、「僅々二年の短日月で、人間の魂を入れ換えしめるような奇術の成功は、世界の歴史に前例のないこと」という意見で、新憲法の浸透には時間がかかるとの見通しを述べてます。