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Censored Newspaper Articlesのデジタル化: メタデータ作成

Censored Newspaper Articlesのデジタル化についてシリーズでお伝えします。初回は「メタデータ作成」についてです。

プランゲ文庫は18,047タイトルの新聞に加え、「検閲を受けた新聞記事」Censored Newspaper Articles (CNA)を約15,000記事所蔵しています。CNAは手書き原稿、ゲラ、検閲文書、電報などで成り立ちます。CNAのメタデータ作成作業は2013年3月から始め、デジタル化は2014年3月にスタート、そして2014年12月にプロジェクトは全て終了しました。CNAのデジタル画像及び簡易リストは、現在プランゲ文庫館内での閲覧限定となっております。

メタデータ作成においては、「新聞・通信社名」「記事発行予定日」「検閲日」「ヘッドライン」「検閲処分の種類」「検閲官名」「ページ数」など、様々な情報を採録しました。

CNAは主に「Foreign News」「Local News」に属し、1947年と1948年の資料が多数を占めます。(1945年・1946年・1949年も多少あり)「Local News」は日本国内の新聞・通信社が民間検閲局(CCD)に提出した記事と見られ、多くが日本語手書き原稿や日本語ゲラとなっています。

一方「Foreign News」は、主に海外の通信社(APやロイターなど)による英語電報と、その日本語翻訳ゲラなどです。ほとんどが英語資料ですが、韓国語・ロシア語・フランス語による電報も見られます。「Local News」と「Foregin News」以外には、九州地方を担当していた「District III」CCDオフィスの文書や、毎日新聞と読売新聞による「電光ニュース」もCNAに含まれています。各画像は「Local News」「Foreign News」「District III」「電光ニュース」のサンプルです。クリックで拡大します。

CNAについてのご質問は、prangebunko[at]umd.edu までご連絡ください。またFlickr ページにもCNAのサンプル画像を70枚載せておりますので、そちらもご参照ください。

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占領期関係コレクション紹介(アメリカ国内)

プランゲ文庫のあるワシントンD.C.郊外は、占領期研究に最も適した場所と言えるかもしれません。当文庫をはじめとし、第二次世界大戦後の日本研究にはかかせない様々な資料を保有する国立公文書記録管理局(National Archives and Records Administration (NARA))と米国議会図書館(Library of Congress)(日本関係資料についてはこちらをクリック)がこのワシントンD.C.郊外にまとまって位置しているからです。

しかし実は米国内他州の大学機関にも、占領期研究に役立つ資料群が存在しています。今回はその中でも5つの資料群を紹介します。この5つの資料群はデジタル化により、世界中どこからでも資料へのアクセスが可能となっています。

Pacific War Postcards Collection は、フィリピンなど南方諸島に居住していた日本人が日本国内の親戚などに向けておくったポストカード36点から成り立ちます。1945年8月19日から1946年3月10日までの日付が確認できます。

Gerald & Rella Warner Japan Slides は、ジェラルド・ワーナー(Gerald Warner)夫妻が寄贈した567枚のカラースライドです。ワーナー氏は占領期時には米国国務省に勤めていました。スライドの多くは1947年から1951年にかけて撮影されたもので、撮影場所は多岐にわたります。マッカーサー元帥や吉田茂氏といった政治的重要人物のスライドもありますが、当時の日本大衆の生活を映し出すスライド(お花見風景など)が多く含まれていることが、このコレクションの特徴と言えるでしょう。

人類学者のジョン・W・ベネット(John W. Bennett)氏は1948年から1951年にかけ、SCAPの民間情報教育局(Civil Information and Education Section – CIE)のPublic Opinion and Sociological Research Division (PO&SR)という部門に勤めていました。1949年にはPO&SRの責任者となりました。PO&SRの主な役割は当時の社会的改革の計画・実行・分析であり、それらは農地改革や地方自治体の発展など様々な分野にわたりました。

ベネット氏の残した文書などがオハイオ大学にて保管されています。ベネット氏の息子であるJohn M. Bennett氏がこの資料群を元に作成したデジタル・コレクション(“Doing Photography and Social Research in the Allied Occupation of Japan, 1948-1951: A Personal and Professional Memoir”)がオンラインで閲覧可能です。

オリバー・L・オースティン. Jr. (Oliver L. Austin Jr.)氏は1946年から1949年にかけ、SCAPのNatural Resources Section (NRS) 部門の責任者を務めました。この資料群は約1,000枚のカラースライドで成り立ち、上記で紹介したGerald & Rella Warner Japan Slides と同様に、当時の日本における暮らしを写しているものが多く見受けられます。

ウォルター・ペニノ(Lt. Col. Walter A. Pennino (1915-1998))氏は、マッカーサー元帥付のプレスとして来日しました。ペニノ氏はボストン・ディリー・グローブ(Boston Daily Globe)に日本における女性の地位に関する記事や、また1948年には東條英機の死刑に関する記録を執筆するなどしました。このPennino Collectionは、ペニノ氏自身が撮影した80枚の写真(撮影は1940年代と思われるが、正確な日付は不明)で成り立ち、「子ども」「エンターテインメント」「着物姿の女性」「復員兵」など10つの項目に分かれて整理されています。

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雑誌特集:鹿児島県で出版された雑誌

2015年3月より、約5,300点(約700タイトル)のプランゲ文庫所蔵雑誌が国立国会図書館のデジタルコレクションにて閲覧可能(館内閲覧限定)となりました。これらの雑誌を今後当ブログにてシリーズとして紹介していきます。シリーズ第一回目(京都府)第二回目(北海道)もあわせてご覧ください。

シリーズ第三回目の今回は、鹿児島県で発行された雑誌を紹介します。

BLOG_magazinesC173,D321

鹿児島童話会が発行した「どうわ」には、童話作家の寄稿が数点収録されています。

「町勢グラフ」は伊作町役場統計係が発行し、同町の人口統計などを詳しく掲載しています。外国籍の町民数なども含まれています。

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  • 同志 [1巻2号(1946年7月)] (Call No. D296)

同じく伊作町にて、伊作町革新同志會というグループが発行した雑誌、「同志」も当文庫は所有しています。「同志」は同町の政策や町民への連絡事項などを多数載せていますが、その一方で同地域の人々からの寄稿と見られる短歌や俳句なども扱っています。

BLOG_magazinesD296cd当文庫が所蔵する「同志」1巻2号(1946年7月)には山之内公威氏による「天皇制護持論」という記事が掲載されています。この記事は、プレスコードに違反するとしてDisapprovedの検閲処分を受けたことが、民間検閲局(CCD)が残した文書から見て取れます(左の画像をクリックで拡大)

 

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  • 怒涛. 詩と論 [1巻1号(1948年4月)] (Call No. D318)
  • 映画研究 [1号(1948年8月)] (Call No. E40)

揖宿郡頴娃村で出版された詩の雑誌「怒涛」にも、当地の住民から寄せられた詩が多く掲載されています。「映画研究」は鹿兒島學生映畫連盟が1948年8月に創刊しました。

BLOG_magazinesE40cd「映画研究」創刊号と共にCCDに提出された文書を見ると、当雑誌の創刊に対する鹿兒島學生映畫連盟のメンバーの意気込みが伝わってくるようです。しかしもう一通の文書(提出日は不明)を見ると、経済的困難により2刊目が発行できず、発刊中止になってしまった旨をCCDに報告しています。(左の画像をクリックで拡大)

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木原博士、国際遺伝学会会議へ

今日紹介するCensored Newspaper Articlesは、1948年6月に民間検閲局(CCD)に提出された新聞記事です。

コムギの研究で知られた木原均博士(きはら ひとし, 1893 – 1986)は、1948年7月にスウェーデンのストックホルムで開催される第八回国際遺伝学会会議に招かれました。これを受け朝日新聞は5月27日、民間検閲局(CCD)に関連記事を提出しますが、これに対しCCDは一部Delete(削除)処分を下しています。日本語の棒ゲラを見ると、「日本の学者には金がないという悲しい定義ゆえに、」といった箇所などが削除、とされています。

6月8日、今度は共同通信、朝日新聞、毎日新聞が、 国際遺伝学会とアメリカ遺伝学会の援助により今回の会議に木原博士が出席できることになった、と報道しようとしますが、これらの記事は全てSuppress(発禁)処分となっています。発禁処分の理由はCCD文書では述べられていません。

その後毎日新聞は6月24日に「木原博士の旅賀」という記事を提出し、これはCCDの検閲を通過したようです。

朝日新聞の日本語棒ゲラ(5月27日)、共同通信の日本語手書き原稿ゲラ、朝日新聞及び毎日新聞の日本語棒ゲラ(6月8日)、毎日新聞の日本語棒ゲラ(6月24日)のデジタル画像は、当文庫館内にて閲覧いただけます。CCD文書に関しては、下記の画像をクリックで拡大し、更に個々の画像右下のview full sizeという文字をクリックすると更に拡大します。

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ジェローム・フォレスト・ペーパー

プランゲ博士にゆかりあるジェローム・フォレスト氏の遺した資料が、メリーランド大学アーカイブに寄贈されました。フォレスト氏はGHQ/SCAPにてプランゲ博士と出会い、博士の強い薦めもあって、帰国後メリーランド大学で極東政治に関するクラスを受講し、その後、極東地域専門の経済学者として政府機関で活躍することとなります。フォレスト氏がプランゲ博士にあてた手紙には、二人が描いていた将来の研究テーマなど、プランゲ博士に関するものも多くみられます。詳細はこちらのサイトをご参照ください。

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「大東亜戦争」→「太平洋戦争」

連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)は1945年、「大東亜戦争」という言葉の公的使用を禁止すると発表しました。これを受け民間検閲局(CCD)は、出版物が「大東亜戦争」の語を使用していた場合には「太平洋戦争」と書き換えるよう検閲処分を下し始めます。下記の資料はその一例です。戦中に出版された本を戦後に再版しようとしたケースに、この例が多く見られます。また中には、本の内容自体にはまったく問題がなく「大東亜戦争」という言葉を使用した点だけが検閲処分を受けたものもあります。

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皮肉な検閲処分

民間検閲局(CCD)の検閲が始まるとすぐに、多くの出版社が「自主検閲」の重要さに気づきました。万が一出版物に「削除」や「発禁」の処分を受けると組版変更の必要が生じ、余分なコストがかかります。占領期は多くの出版社が経済的に恵まれず、出版コストを抑えることが最優先とされていた背景がありました。

その為一部の出版社は、CCDの検閲を通過した旨を公表すればよい、と考えたのかもしれません。ルールに基づいて出版業を行っていると示す意味合いもあったのでしょうか。しかし奥付に「検閲済」などと書いたりCCDの記録用番号を記したりすることは、キーログで定められた検閲処分対象の「検閲に関する記述」に違反となり、皮肉な結果として、削除などの検閲処分を受けてしまうことになりました。下記の例をご覧ください。

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